もう戻って来ない

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もう戻って来ない

 リンフォルは笑ってしまった。背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。 (あ~あ、俺の運もこれまでかぁ。天に見放されたってことかな……)  彼の心が荒れたのは、両親が健在のときから。両親が他界してからは、尚更。 (親不幸モンだもんな、俺)  荒れ放題だったころに比べれば、かなり改心したとはいえ、当時のツケが回って来たかと過去を思い出す。伸びた両手はいつのまにか頭のうしろ。そこで、なにかに触れた気がした。 (ん?) 「で?」  フォルテの冷たい声が、リンフォルを現在に引き戻す。 「でね。それは髪の毛だったんだよ。俺のうしろに女神がいてさ、俺に一枚メダルを恵んでくれたんだよね~」 「そうして無事に揃えられて、続いたんだな?」 「と~ぜん。俺を誰だと思ってるの」 「博打好きのバカ」  ふふんと得意げな声に対し、即答の否定。リンフォルは苦笑いする。 「ひどいな~」  相変わらずなゆるい声。だが、これに流されないのがフォルテだ。 「それで。どうして俺に渡した額があんな全敗した金額だったんだ?」  鋭くフォルテの瞳が光る。──あの日、リンフォルが渡した金額は、翌日の夜の分までだった。赤の七の当たり、一回分にもならない。 「それ、聞いちゃう?」 「当たり前だろ」  フォルテの怒りの込められた声は返された。 「現れた女神は情報屋だったんだよね。連続チャンが終わってからオサソイがあって、まぁ……ちょっと騙された」  あははと笑うリンフォルに、フォルテは頭痛を覚える。 「お前のことだ。情報があると囁かれてホイホイと言ったんだろ」 「ん~、痛い言葉だなぁ。時間も遅かったし。小腹がね、空いてたんだよ」  それは意味が違うと思いつつも、フォルテは言葉を飲む。 「『腹が減ってた』なら、さっさと帰って来い」 「はぁい」  青空を見ながら軽い返事をするリンフォル。  それを見て、 (やっぱり、このふたりは仲良しさんだなぁ)  とクレシェは微笑ましく思っていた。──彼女に、男同士の会話内容は、ほぼ理解されていない。なんだか楽しそうという雰囲気だけを楽しんでいる。  誰かと誰かの楽しそうな光景を見たこともなかった。新鮮さにあふれるクレシェの胸は、体験したことのないうれしさで一杯になっていた。  うれしいあまりに、ひとりだけ足が速まる。 「まったく」  と言う、フォルテはクレシェの行動を見ていない。 「さっきの、訂正するわ」  一方のリンフォルは、クレシェの行動を見ていたものの、フォルテの声に視線を動かす。なにを言うのかと。 「博打と女好きの大バカ野郎」 「博打も女も楽しめない奴に言われたくないね」  毒気を含んだリンフォルに、フォルテは違和感を覚える。つっかかってくるリンフォルは珍しい。──けれど、それは現在の話。荒れていたころの彼は、そういう一面があった。さきほどの話で過去の感情の多くを引っ張ってきたのだろうと解釈する。  しかし、それは一言では終わらず。 「フォルテはさ……」  当時のような、すっかり冷めた瞳をしたリンフォル。  なにを言うのかと、フォルテは黙って言葉を待つ。すると、 「引きずり過ぎだよ。過去のことをいつまでも」  と、フォルテの言ってほしくない話をする。 「死んだ人は、もう戻って来ないんだからさ。いい加減、忘れなよ」 「じゃ、お前は亡くなった人を『忘れた』って言えるのか?」  しかし、フォルテはひるまなかった。そのことが、リンフォルを更に苛立たせる。 「やさしすぎるんだよ」 「なにが」 「クレシェちゃんの点滴外してあげたり……そういう自覚のないやさしさが、誰かを振り回してるって気づかないわけ?」  イライラしているリンフォルの物言いは、まったくゆるくない。  言われた方のフォルテにとっては、疑問符だらけだ。 「あれは、うちの『勇者』の意向に従っただけ。聞いてなかったのか、お前。ディミヌが言ってたこと」 「聞いてたよ」  顔を背けリンフォルは答える。  フォルテは首を傾げる。 「お前、あの日……他になにかあったな?」  長年の付き合いだからこそ、感じる変化。  リンフォルは元々、好き嫌いが激しい。現在は過去と違ってゆるゆるとした態度でいるが、なにかがあると崩れてしまうときがある。  大くの兄弟を持ち、長男のフォルテだからこそ、リンフォルの癖を受け止められているのだろう。そして、長い付き合いだからこと、リンフォルもフォルテには素でいられる。 「別になにも……」  リンフォルはフォルテを見ようとはしない。明らかな動揺に、フォルテはリンフォルの肩をつかむ。──そのとき。 「ディミヌさん!」  と、クレシェの叫び声が聞こえた。
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