悲劇の

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悲劇の

 場に合わせて小声で言ったクレシェの声に、三人の視線は同時に動く。  視線の先には、オレンジの猫のうしろに動く影。四人は、静かにその影を見つめる。やがて、その影は月の光を受け、反射したように色を輝かせた。  ディミヌは思わず叫び、立ちあがる。 「緑猫!」 「バカッ」  フォルテは慌てて座らせようとする。──しかし、すでに手遅れ。瞬時に猫たちの視線が、立ちあがったディミヌとフォルテに集まり、次の瞬間には散り散りに猫たちは逃げて行く。  ディミヌは茫然と立ち尽くす。  フォルテは苦笑いだ。それは、ふたりを見上げるクレシェも同様。 「ま、まぁ……今日じゃなくても、機会はまた……きっとありますよ」 「だとよ。よかったな、ディミヌ」  おだやかな声と、おだやかではない声が聞こえる最中、すっと通る緊張を含んだ声。 「フォルテ、どうやらガセでもなかったみたいだよ?」  ゆるさを感じさせない声にクレシェはもちろん、フォルテもディミヌも驚く。  リンフォルはいつの間にか立ちあがり、空き地を凝視していた。三人はそのまま視線を動かす。  緑猫はそこにいた。ただ、一匹で。 「わかるのかな? あの猫、人間の言葉が」 『まさか』とフォルテがリンフォルに返そうとしたとき。フォルテはリンフォルを見て驚く。鋭い視線を緑猫に投げ、冷や汗を浮かべていることに。  フォルテは息を飲む。嫌な予感は的中したと。  ざわっと鳥肌が立つ。緊張感が高まり、意識を張り詰めたからか、些細な違和感にフォルテは周囲を見渡す。すると、右前方、町の外れからうごめく影が見えていた。 「おい、リンフォル。ヤバイぞ」  魔物の影にフォルテは戦闘モードに入る。このまま戦闘を避ければ、ロッシクの町は魔物の襲撃をくらうだろう。被害の大きさは、予想できない。 「そうだった。ここは魔物もゴロつくんだっけ。そういう場所では特に、夜はヤバイって忘れてたよ」  自嘲地味にリンフォルは笑う。  迂闊に行動し、魔物をおびき出したようなもの。  リンフォルが後方に足を滑らせると、男ふたりは同時にうごめく影、町の外れの魔物に向かって走り出す。 「フォルテ! リンちゃん!」  ディミヌは叫ぶ。けれど、緑猫を前にして、ディミヌはふたりを追えない。  ふたりの後ろ姿は遠ざかる。町の外れの木々に吸い込まれるように、闇へと消えていく。 「ディミヌさん」  クレシェの声に、ディミヌは顔を向ける。  クレシェは真っ直ぐに緑猫を見ていた。視線を空地から動かさないまま、話し続ける。 「『緑猫』……捕まえましょう!」  見逃した方がいいのかと迷っていた『緑猫』。  けれど、クレシェは決意していた。『緑猫』を捕まえると。それは、コテージにいるとき、猫の集会に行こうと言ってくれたときと同じように、強くしっかりとしたもので。 「クレシェちゃん」  どうしたらいいのかと、戸惑っていたディミヌから迷いが消える。ディミヌの抜けきったマヌケな表情にも、クレシェのように力強さがみなぎっていく。 「そうだね……捕まえよう!」  ディミヌは拳を握りる。その一瞬、なにかが目の前を横切った。 「え?」  それは、クレシェだった。  うす紫のマントはバサバサとゆれながら、緑猫へと一直線に駆けていく。 (私なら、猫の一匹くらい……捕まえられるはず!) 『緑猫』は一匹だけになってから、微動だにしなかった。まるで置き物になったかのように。  距離はどんどん縮まっていく。  もし、手を伸ばしてから『緑猫』が逃げようとしても、クレシェが本気になって追いかければ逃しはしない。──普通の猫なら。  クレシェは『緑猫』を捕まえようと手を伸ばす。それでも、『緑猫』はまったく動かない。  フツフツとクレシェに沸く違和感。 (猫なら、逃げようと動くはず……よね? まさか、この猫は『本当に置き物になった』の?)  不可思議な現象だ。『本当の置き物になる』なんて。もし、ありえるなら──それは『入れ替わりの魔法』。  けれど、魔法であれば──。 (魔法の使える猫? ……違う! 魔法を使って猫に!?)  そう、猫が使えるものではないということ。  クレシェはドキリとして、緑猫に触れられずに止まる。  変化の魔法も、身代わりの魔法も、どちらも高位の魔法。  両方の魔法を同時に使うだけでも、かなりの使い手だ。もしかしたら、『緑猫』が変化の魔法を使っているとリンフォルは気づいていたのかもしれない。 『緑猫』は暗唱も、術の名も発声しなかった。──クレシェは確信する。『緑猫』の正体は、クレシェと同等だろうと。  しかし、その思考は、一歩及んでいなかった。 「あれ?」  急に視界が薄暗くになり、クレシェは足元を見る。上がったのは、声にならぬ声。 (あり得ない!! 同時に三つも高位魔法を発動するだなんて!)  いつの間にかクレシェの足元は、真っ暗な空間が広がっていた。  『緑猫』に嘲笑われているかのように、クレシェの体は暗闇に浮く。足元が消え、声も上げられずに、髪の毛がふわっと上がるのを感じる。 「クレシェちゃん!」  ディミヌは駆け出す。地面に吸い込まれていくクレシェに、精一杯、手を伸しながら。  一方、魔物へと走っていくフォルテは驚いていた。  いつになくリンフォルが暗唱をしている。しかも、早口で。  口パクのような暗唱は、なにを唱えているのかまったく聞こえない。しかも、リンフォルの視界は、走りながらも闇の奥を捕らえている。  フォルテは走りながらも息を飲む。この先に、どんな魔物が待っているのかと。
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