手を振る仕草に

1/1
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

手を振る仕草に

 ログハウス造りのコテージは、木々の中で朝を迎えていた。太陽が燦々と照らす光は、部屋の中にも降り注ぐ。  賑やかな朝食が終わり、ゆるやかな時間が流れていた。  キュッと小さな音が鳴り、流れていた水が瞬時で止まるころ、子どもがだだをこねるような声が響く。 「ねぇ~、そろそろ行こうよ?」 「俺は片付けが終わったばかりだけどな」  フォルテは洗い終わったばかりの食器から手を放す。  対面キッチンにリンフォルは両肘をつき、片方の足を曲げて落ち着きなく左右にゆらす。 「じゃあさ、手続きは俺がしてくるから」  楽しげにリンフォルは自分を指さす。 「チェックアウトすると言いながら、またどっかフラフラしてくるんだろ?」 「ええ~? ひどい言われようだなぁ」  ひどいと言いながら、リンフォルの声はゆるいままだ。 「仲がいいんですね」  クレシェはリンフォルとフォルテのやり取りを見て、思わず呟いてしまっていた。  クレシェの声にふたりの視線は動く。一瞬だけ目をまるくしてクレシェを見ると、今度は顔を合わせる。同じ行動をしているふたりを見て、クレシェはクスリと笑う。  フォルテはすぐに顔を背けた。 「別に」 「親友」  ほぼ同時。苦笑しているフォルテと対照的に、リンフォルはクレシェに顔を向けて笑っている。 「違う。ただの腐れ縁だ」  リンフォルの弾んだ声は、即座に否定された。 「腐れ縁っていうのはさ、フォルテとディミヌのことでしょ」  リンフォルはムッとし、言葉を返す。 「じゃあ、お前とディミヌの関係性はなんだ? っていうか……」  フォルテは喧嘩を売るかのようなキツイ口調で言っていたが、なにかに気づいたのか言葉を止める。──クレシェがクスクスと眉を下げて笑い続けていた。 (なにも……おもしろいことは言っていないんだが)  笑っていたのがディミヌであれば、フォルテは遠慮なしに言葉にしていただろう。けれど、ごく普通の少女のように笑うクレシェを見て、フォルテは言葉をのみ込んだ。 「さっと行って来い」  まぶたを閉じ、リンフォルを追い払うようにフォルテは言う。 「はいはい」  右手を軽く振りながらリンフォルは返事をして、ドアへと歩──いたのも束の間。ふと立ち止まり、顔だけをフォルテに向けた。 「ディミヌはね……」  その声にフォルテの視線が上がる。 「かわい~子犬ちゃんだよね。放っておけない」  普段よりもワントーン低い声。意味深に笑っていたかと思うと、すぐにニコッと口角をあげる。 「フォルテも同じだよね~?」  声のトーンを戻し、楽しげに手を振るリンフォルは、そのまま外へと出ていく。  パタン  ドアが閉まり、妙な空気が漂ったが、フォルテは気にせずに荷物をまとめ始める。すると、 「ディミヌさん……は?」  と、クレシェはあたりをキョロキョロとし始める。 (今?)  フォルテはクレシェの抜け具合に軽い衝撃を受けが、 「仕事探しに行ってるよ。まぁ、あいつがする唯一の『勇者』らしいこと、かな」  なるべく普段通りに話す。  なにせ、魔王とふたりきり。下手なマネはしたくない。昨日のリンフォルの二の舞にはなりたくないと頭を過ったのか、フォルテの無表情に拍車がかかる。  ディミヌは朝食後、すぐに部屋を出ていたが、ぼうっとしていたクレシェは気づかなかったらしい。 「仕事?」  きょとんとするクレシェにフォルテはため息をつきそうになるが、なんとかこらえる。 「仕事ってのはさ、勇者への依頼のこと。村人個人から、国の組織単位での依頼まであって、依頼の大きさも様々。大抵は町毎に、勇者向けの仕事依頼を公開している場があって、一般的に『ワクコレ』って言われている。中にコルクボードがあって、そこに掲示されている依頼内容とか、成功報酬とか見て、勇者が仕事を選ぶんだ」 「そうなんですか……なんだか大変そうですね」  ぽかんと他人事のように浮かぶクレシェの声。フォルテは苦笑いするしかない。  しかし、次の瞬間。フォルテは寿命が縮まる思いをする。 「あなたたちも……魔王を狙っているの?」
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!