狂音背理(パラドックスデイジー)

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狂音背理(パラドックスデイジー)

「よし!」男は部屋に飛び込んできたシローの姿を見ると、右腕を天へ掲げた。 『雷電!』声と共に、部屋に雷の群れが現れる。 「!?」シローは慌てて右に飛び、後から入ってきた夜盗たちが勢い良く広間の中心へなだれ込んだ。 「ぎゃあああああ!!!」見事に焼かれていく夜盗たち。シローはその隙に扉から抜け出した。 (何だあれ。何だあれ。)九割答えが出ていたが、それを認めたくはなかったので、シローは元来た道を必死で走った。 「つれないな。月下残響(サラウンドサーベル)?」声はすぐ隣から聞こえて来た。 「!?・・・あんた!」金色の髪をなびかせ、いつの間にかシローの隣を並走している美丈夫。シローは無言で速度を上げた。 「はっ・・・はっ・・・・」息が切れるのはいつ以来だろう。そのくらいの速度で走り、シェルを後にする。振り返らない。 (振り返るものか。)シェルと町は離れていて、その間砂漠の中の石畳をひたすら進まなくてはならない。日も落ちて来たから長居は無用だ。町について、適当な宿を取った。人の灯りが見えたことでようやく安心して部屋に入り、鍵を閉める。 「さすがに早いな。本物か?」低く響く声に今度こそ勢いよく振り返った。居た。男は居た。あくまでゆったりと何もなかったかのように男は備え付けのベットに腰掛けた。 「・・・狂音背理(パラドックスデイジー)」シローはもう、観念して呟いた。 「おや、私も有名だね?」男は面白そうに笑った。狂音背理(パラドックスデイジー)それは裏の世界での呼び名。シェルの中でも非常識な術を使う魔法使いがいるという。容赦が無いことでも有名で、まさかそんな男があんな所で囚われの身だなんて、誰が想像できるだろう。 「シロー・キール・タカセ。アルバス老に師事している薬師見習い?全く気づかなかった、私としたことが、君があの月下残響(サラウンドサーベル)だとはね。」 「これか・・・・!」シローは男からもらった地図を男に投げつける。 「ご名答。君は逃げないとは思ったが、念のための保険だよ。まさか盗賊から意外な名を聞くとは思わなかったけれどね。」男は地図を通してシローと夜盗の会話を聞いていたのだった。 「奴らは?」愚問だったがシローは聞いた。 「ああ、シェルの餌になっているだろうね。もう少し早く出るべきだったが、あまり事を大きくしたくなかったからね。君が来たのは幸いだった。雷電を使ったのはせめてもの優しさだよ。」生きながら食われるよりはいいだろう、と男は呟く。シローは何とも言えない気分になった。夜盗は確かに迷惑していたが、殺して良いほどとは思っていなかった。この男を助けるために結果的には彼らを贄にしたのだ。 「・・・・おや、月下残響(サラウンドサーベル)は気に入らないのかい?」男は意外という顔をしてシローを見た。男の顔は整っていて月光に照らされる姿は話す内容など霞むくらいに美しい。 「その呼び方、やめてくれませんか。」シローは荷を置くと椅子に腰掛ける。この男はどうやら簡単には去ってくれそうにない。 「何故、闇の世界から消えたんだい?」真正面から男がじっと見つめる。 「話す義務がありますか?」シローは念のため心にもガードをかけた。この男相手にどこまで通用するかはわからないが、心を読まれたらたまったものではないからだ。 「無いね。ただ、理由が欲しいんだ。」男はのんきに立ち上がってシローに近づいた。 「理由?」シローはいぶかしんで顔を上げる。 「そう_」男は面白そうに笑うと、シローに顔を寄せた。 「調査期間が長引いてしまっただろう?そのための『言い訳』に月下残響(サラウンドサーベル)は最適だ。」 「!?」男はシローの唇を塞いだ。瞬間、身体が反応するが、金縛りにあったかのように動かない。 (さっきのか!)目が合った時に術をかけられたらしい。 「・・・っふっ・・・・ん」咥内を蹂躙する舌に翻弄され、口の端から唾液が伝わり落ちる。途中からはシローも諦めてそれにつき合った。ようやく解放された時には、とてつもない脱力感があった。 「報酬は別途手配する。私は行かなくてはならないが、また会いたいものだ。ではな、月下残響(サラウンドサーベル)」男は何事も無かったかのようにそこから一声呟き消えて行った。ぐったりと椅子にもたれかかったシローは、「だから、その名で呼ぶなって・・・・」小さな声で呟いた。
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