高勢士朗

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高勢士朗

高勢士朗(たかせしろう)は日本に生まれた。 物心ついた時には両親は他界しており、祖父に預けられていた。だが、その祖父も心臓発作で亡くなると、親族の間で士朗をどこへ預けるかという問題になった。2月の寒い雪の降る日だった。家では葬式が終わり、今後のことを話し合う場がもうけられていたが、子供である士朗はその場に呼ばれなかったので、外へ出ていた。 他界した両親を恨んでもいなかったし、祖父も尊敬していた。祖父との生活は他の友達とは違っていたが、士朗にはとても満足のいく生活だった。ゲーム機などは買ってもらえなかったが、その分、それを自慢したい友達に使わせてもらったから、外で遊ぶにしろ家の中にしろ不自由を感じたことはなかった。 久しぶりの雪に浮かれて、斎川まで来てしまった。 川は静かに流れていた。小さな川で、ここでは溺れることすらできない。 その川の中に金髪の少女がいた。背を向けているので顔はわからないが、見事な金髪で、染めたものとは思えなかった。外国人がこんな田舎に珍しい、と思って士朗は声をかけた。 「ねぇ!冷たくないの!何してるの!」しかし、少女は動かない。この寒いのに彼女は長袖のワンピース1枚で川に立っている。 「おい!」しかたなく士朗は斎川へ入った。スニーカーが濡れてしまったが、後で乾かせばいい。士朗が少女に手をかけたとたん、水面がまばゆく輝いた。 「うわっ!」まぶしさに目を閉じると、雪の降る気配も遠ざかり、川の流れる音も消えた。次に目を開けると、そこは雑木林だった。 「・・・・・・?何だ。何が起こった!?」 士朗は周りを見渡すが斎川は無く、けれど自分のスニーカーは湿ったままだ。冷たさに顔をしかめて、ひとまずこの山を降りることを決めた。幸い、それほど深くなく、雑木林の隙間から谷間が見え、民家もあるようだ。奇妙な思いで山を降りると民家があった。洋風の古い民家のようだった。士朗の祖父の家も今では珍しくなった日本家屋だが、こんな家がおなじ地区にあったのか覚えてはいなかった。 「今時めずらしいな・・・それにしてもここはどの地区だろう?」自分は斎川にいたはずだが、もしかすると寝ぼけていたのかもしれない。士朗はそう考え、ひとまずその家を訪ねることにした。 「すみません、どなたかいませんかー。」しん、とした家の玄関で声を上げると、人の気配がし、扉が開く。 「・・・・なんだ?」出て来たのは初老の男だった。眼光は鋭く、思わず悲鳴を上げそうになったが、それをなんとか飲み込んだ。 「・・あ、あの、ここはどこですか?道に迷ってしまったみたいで・・・・」そう士朗が言うと、男は目を見開き、 「お前、渡り人か。」と呟いた。 「・・・?ワタリビト?ですか?」士朗はわけのわからないまま男を見つめる。 「・・・その言葉、訛りがある。何かしゃべってみろ。」 「ナマリですか?あの、あ、僕は高勢士朗といいます。」 「タカセシロー。皇族訛りだな。・・・・仕方ねぇ。とりあえず入れ。」男は、そう言うとさっさと家の中へ入って行ってしまった。 士朗はあわててそれをおいかけ家に入った。男アルバス・キール・シュレイン、初代の月下残響(サラウンドサーベル)その人である。 それから、俺はシュレインの元で修行に励んだ。本来なら王都へ届けるべき『渡り人』だが、俺がシュレインの側にいたいと望んだ。シュレインは亡き祖父を思い出させたから。シュレインには獲物の取り方や捌き方も教わったが、どうしても俺にはできなくて、肉などは町へ行き買って来た。情けないと思うが、シュレインは別にいいと言った。シュレインはサーベルを使う。だから、月下残響(サラウンドサーベル)という二つ名を持っている、と知ったのは後のことだ。俺はあれから背も伸びたが、この世界ーミラの住人たちに比べるとやはり日本の平均男子というところだった。あえて言うなら、一般的な成人男子よりは筋肉もついているし、筋肉の使い方もわかっていた。シュレインのおかげで。 「ったく・・・お前は、そんだけの力がありながら、未だに『殺さず』か?」 「いいんです。師匠。俺は薬師になるから。」俺は16になっていた。シュレインから受け継いだ技はかなりの効率で使えるようになっていた。無駄に、暗殺者としての能力が高まっているわけだが、俺はその能力をもっぱら薬草収集などに当てていた。最初は、身を守るために身につけた術だった。この世界では殺人も珍しくない、まるでRPGのような世界だと聞いたからだ。ちなみに、俺の生活圏はすこぶる狭い。師匠の家と、町ーロサの町を行き来する毎日。たまに師匠のお使いで、地方の薬草などを取りに行ったり届けたりと。だから、現実ではまだ、剣士やら魔法使いやらには会ったことはなかった。ある日師匠が言った。 「メル山にキナイの珍しい品種があるんだと、お前ちょっと行って来い。」師匠は表向きは薬師ということになっていて、昔は宮廷で暗殺の仕事もしていたようだった。だから、金に困ることはなかったが、何より探究心の強い人だった。妻も子も居ないが、愛人は数人いるらしかった。 「メル山ですね。」そういうわけで、冒頭へ戻る。
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