マルティア・カルディアス

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マルティア・カルディアス

マルティア・カルディアスは小さな港町だ。 北の玄関口である『ロード・ルディアス』より二つ手前のこの港は、フェルニードの首都『シエナ』に続く街道ラ・マンドに抜ける東街道がある。 アレクは港で船を預けると、馬を調達した。 「あの船、どうするんだ?」シローは『預かり屋』に預けた船を見て言う。 「ああ、仕事で利用する。帰りは陸路だから、部下に任せた。」アレクはそう言うと、馬の腹を蹴る。 船の旅は快適だったが、最後の最後までアレクがシローを離さなかったため、多少疲れていた。 ただ、性欲だけは満たされたので、すっきりしていたが。 船での移動の方が日程がかかるため、今日は隣町まで先に駆けて、隣町で宿を取る。 その先に一つ山を越えるとラ・マンドの入り口にさしかかる。そこからは、街道が整備されていて、馬が走るには適さないので、徒歩になる。 最も、物資が通る道は他に整備されており、馬車など商人が利用するのもそちらである。 二つが分けられているのは、首都へ続く物資の滞りを無くすためでもあるが、商人が利用する道には警備と検問が強化されており、盗賊に襲われた時の被害を最小にするためでもあった。 基本的に北は土壌が豊かというわけではなく、気候も厳しいため、作物不足に悩まされる。すると、当然物資を強奪する犯罪が増えてくる。そのための対処であったが、最近は民間人を狙った一般道の犯罪も増加しているため、フェルニード周辺の町としては頭の痛い問題でもある。 シローは馬を走らせながら、前を走るアレクを見る。 (・・・)行為をしないと言ったものの、アレクの体調が気になるのも確かだった。七年前ー正確には、セシリーが無くなった5年前から、彼は人を抱いていないはずだ。ならその間、どう処理をしていたのだろう。 (・・・あの変態ぶりなら処理に困ることは無いだろうが・・・)自分が相手をすることが最良だと、シローにもわかっていた。 けれど、それではシローの心が納得しない。 (・・・師匠、まだまだみたいです。)シローは冷徹になれない自分を嗤うと、意識を切り替えた。 これから、何があったとしても彼を守り抜く。 それが、もし自分の手を染めることであったとしても。 (それは絶対に。)いつの間にか、シローの中で彼を失いたくないという気持が大きくなっていた。 彼がてこずるような敵に自分の力が及ぶとは思えなかったが、少なくとも師匠からも聞いていた。 『魔法は万能ではない。』と。 だからこそ、陛下はシュレインを使ったのだと。 今より半世紀前にはシュレインのような者はごろごろ存在したのだと聞く。この泰平と見える世で、何故『シェル』などというものが存在するのか。 謎は尽きない。 けれども、とにかくシローはアレクの力になろうと決めたのだった。 まだ、自分の中の気持があやふやなまま。彼に告げることもできずに。 マルティア・カルディアスの隣町は、リントという小さな町である。宿場は三つしかなく、ここに訪れる客も少ない。 「二つですか。ええ、空いてますよ。」アレクは宿で二つ部屋を取り、一つの鍵をシローに渡した。 「・・・ありがとう。」シローは、今まで同じ部屋で生活していたため、違和感があったが、自分が言い出したことなので鍵を受け取り自分の部屋へ行く。 アレクが頼んだので馬の世話もしなくて良い。武器の手入れでもするかと、ベットに暗器などを広げる。ダガーを置いてふと思う。 (これっていつまで魔法が有効なんだ・・・?)そこで、ノックの音が聞こえ、アレクの声がしたので入室許可をする。 「シロー、不足しているものはないか?」 「出かけるのか?その前に一つ聞いてもいいか。これっていつまで魔法が持つんだ?」そう言ってダガーを見せる。 「私が生きている限りは永遠に。」 「・・!」その言葉に目をみはる。一体この男はどれだけの魔法使いだというのだろう。少なくとも、シローが学んだ魔法使いとは、かけ離れていることは間違いない。 「・・そう。ありがとう。・・不足しているものは特にないが、北の薬剤も見てみたい。今から出るのか?」 「・・・ああ。部屋に一人で居たくないのでね。」 「!」それはシローも同じだった。 「シローは、どうする?」 「行く。これを片付けるから待ってくれるか。」シローは広げたばかりの武器を片付け、身体に忍ばせると、上から身体のラインが見えない服を着る。 「・・・なぁ、部屋、同じじゃなくていいのか?夫婦なのに。」入り口を出る時、アレクに聞く。アレクは苦笑して、 「私が我慢できないのだ。同じ部屋だとね。」そう言った。 シローはうかつな自分を責めた。 町では薬屋の前に4,5人の女の子たちが集まって騒いでいた。 「もー、どれにするの、早くしてよ!」 「仕方ないでしょ、どれも綺麗なんだから。」 「どれでも同じよ、受け取ってもらえなければ。」 「そういうこと言わないで!」 シローはその後ろから手元を除くと、どうやら店の前に特売品が出ているようで、小さな入れ物に花が入っている。 「ああ、今日はシェンナの日だったか。」アレクが気づいて言う。 「シェンナの日?」 「聖ラカンの日とは違い、自分の身近な人に感謝を表す日で、北の方の祭りだ。ユラという限定魔法をかけた容器に花を入れておくと1ヶ月は持つ。花言葉がそれぞれ違うので、貰う人間は花言葉を調べなければならないが・・・」 「それが、今日?」 「らしいな。」 「わざわざ調べるのか?花言葉。」 「想い人に気持を伝える日としても使われるからな。意味を取り違えると後で面倒なことになる。」まるで経験があるようにアレクは言った。 「なるほど。家族の親愛と恋人への求愛は違うからなぁ。」自分のことは棚に上げてシローは言う。 女の子たちは、それぞれ決まった花を買って行った。 「・・・でもなんで薬屋なのに花?」シローの中では花は花屋という考えが大きかった。 「薬剤に使われる花でも美しいものは多い。シローも知っているだろう。」 「・・・そうだけど。」そこでふと特売の棚にある花が目につく。 (あれは・・・) 「シロー、時間がかかるなら私は後でまた来るが。」アレクは薬屋の前から動かないシローに声をかける。 「!あ、ああ。ここで時間がかかるから、宿に戻る前に声をかけてくれ。」シローはそう言うと、花からぱっと目線を外した。 アレクは了解したというと、町の奥へ消えて行った。 シローは、しばらく特売の棚を見つめていたが、よし、と気合を入れて薬屋へ入った。
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