145人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ
新しい芽
「じゃあ、これと、これを。」シローはそう言ってレジに出す。
「・・ありがとうございます。珍しい、こちらでよろしいのですか?」薬屋の店員はシローが出したものを見て聞く。
「・・ええ。いいんです。」
「一応特価にも入れてあるんですがね、人気が無いみたいで。」
「でしょうね、あまり知らないでしょうし、見た目も派手ではないし。」シローは言う。
シローも花を買った。花というよりは木に近い。これならば、一ヵ月後も地に植えればそのまま育つ。特価の中にもこれと同じ種類があったが、そちらはもう花が咲いていて、これから楽しめるのはこちらだった。
「・・・相手の方、喜ばれるといいですけど、ご存知かしらね。この言葉。」店員は詳しいシローに嬉しそうに笑って、袋につめていく。
「・・ああ、ラッピングは要りませんから。」
「・・・もしかして、先ほど一緒にいた金髪の方?」
(!)シローの顔に朱が走る。
「・・・殿方でも、あの方の方が華という感じでしたものね。これ、きっと似合いますわ。」店員はにっこり笑って袋に何かを入れる。
「これ、おまけです。頑張ってくださいね。」シローは袋を入れるといたたまれなくなり、うつむいて薬屋を出た。
(何でバレたんだろう・・・)本人の態度を見ていればすぐにわかるものだが、シローは店員にアレクに花を贈ることがバレたことに疑問をもった。
(アレク・・・喜んでくれるといいけど・・)男に花などと思ったが、あの男のことだ、花など受けなれているだろう。普通のことだとシローは思った。
一方。
アレクも普段立ち寄らない店に来ていた。
何故なら、普段は屋敷に店が来るからだ。
「・・・何かお探しですか?」女性の店員が声をかける。
「・・これを、身に着けるものにしたいのだが、あまり邪魔にならないようにするにはどうしたらいい?」アレクはスチルを取り出して聞く。
「!」女は目を見張り一目でそれがスチルだとわかったが、プロだけに騒がなかった。
一般的に、出回ることがないものだから。
よく見れば目の前の客は育ちが良さそうー貴族としか見えない美しさだった。では、これは、
「どなたかに贈られるのですか?」
「・・・ああ。あまりこういったものを身に着けない人だから、普段邪魔にならないようにして欲しいんだが。」客が目を細めてスチルを見る。その微笑が美しくて、店員は思わず見惚れる。
「・・そうなりますと、石を外させていただいても?」
「ああ。かまわない。そうだなでは・・・」
ようやく店を出た時は夕食の時間を過ぎていた。
アレクは慌ててシローのいた薬屋へ向かう。その途中で人だかりが出来ているのを見る。
「踊り子さんよ。ラスティだわ!」そう言って女の子が駆けていく。道を塞いでいるので、仕方なくアレクはその道の端を通ろうとする。
「あのお兄さん誰?」
「さあ、去年はいなかったよね。ブランカどうしたんだろう?」
「黒髪に黒目って珍しいよね!」
「うん。あんまりいないよね!」
(・・・?)会話に疑問を持ってふとアレクが人だかりの輪をのぞくと。
軽快な音楽と共に、シャラシャラという音が聞こえる。
踊り子が身に着けている飾りが揺れた音だ。
(!)
その傍らにいるのはシローだった。
何故か、彼は弦楽器ーミラルクーを弾いている。
アレクはしばらくそれを聴いていた。北の民謡なのか、聞いたことのない曲だ。
二曲終わったところで、シローがアレクに気づく。
踊り子は周りの人々に何か紙を配っていた。
「きゃー、今年は何をやるの?」
「今年は、クルバンの恋ですって!」
「今から席取れるかしら。」
「早く行きましょう!」
口々に言って女の子たちがアレクの横を駆けて行く。
「アレク!」シローはアレクに駆け寄る。
「・・シロー、どうしたんだ?」
「ああ、よかった。会えないかと思った・・。ちょっと待って。」アレクはそう言って踊り子のところへ行くと、一言二言会話をして、戻ってくる。
「いいのか?」
「うん。いいんだ。たまたま通りかかってね。」
シローが薬屋を後にしてから街の中心へ向かっていると一人の男がうずくまっていた。
「どうしよう・・」となりには女の子。
「どうかしたんですか?」
聞けば、彼女たちは旅の一座で、毎年この時期はこの町で公演をするらしい。そして、うずくまってる男と、彼女で先に客に宣伝をするつもりだったようだ。
シローはひとまず男を医者に連れて行き、途方にくれる彼女と話しているうちに、彼女の歌が自分の知っているものだとわかった。
彼女は、フランスからの『渡り人』だった。
フランス民謡はシローも知っている曲だったので、いくつかミラルクを弾いているうちに、意気投合して、宣伝の間だけでも、と伴奏をかって出たのである。
彼女ーラスティはとても感謝して、是非芝居を観にきて欲しいとチケットをくれた。
「・・・というわけで、あるんだけど、見に行く?」シローは彼女がアレクに気づき、二枚くれたのを取り出す。
「何時からだ?先に食事を済ませよう。」
「・・あと1時間以上あるから、その方がいいね。そう離れていないから、宿から出直そう。」
劇はすばらしかった。内容は祭りに相応しく華やかに大円満で終わる物語だった。
(そういえば、ラスティもフランス人なら、純血種の『渡り人』ということになるな。
彼女は元々ダンサーであったらしく、こちらの生活にもすぐに溶け込めたそうだ。シローより四つ上だったが、シローよりこちらへ来たのは遅かった。
言葉の問題は無いのか聞いたら、ラテン語に似ているからそれほど難しくなかったそうだ。
(・・・外国人の方が有利じゃん。)島国の言語に縛られているシローとしては、複雑な思いである。
(・・・彼女、アレクに紹介するってのは・・・?)思いついた考えは、行動まで至らなかった。
踊り子をするくらいだから、綺麗な人だった。ブロンドの髪に青い瞳、透き通る白い肌。何故踊り子をやっているかわからないが、ジプシーにあこがれていたのだというから、女の子の考えはわからない。
(・・・認める。俺が紹介したくないんだ。)シローは自分の心の狭さが悲しかった。
最初のコメントを投稿しよう!