-4- 闇の世界へ

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-4- 闇の世界へ

 七日目の朝。ネリは最後の”金平糖”を手に取った。その色は青――“空の青”。  ネリは青空というものを想像することができた。朝焼けや夕焼けほど遠い存在ではない。しかし決して目にすることができないその色を、ネリは最後まで避けていた。  その最後の一粒を容器に投入する。蒼穹の色に染まった水溶液に浮かぶ、翡翠色の妖精を眺めた。  澄んだ湖水のようなブルーの瞳がネリを見返した。まだ恐れもけがれも知らない無垢な瞳。しかし数時間後には果ての無い苦痛の中に放り込まれるのだろう。  希望から絶望へ――。より高みから突き落としたほうがその衝撃は大きい。苦痛はより耐えがたいものとなり、より偉大な“太陽”が生まれる。  妖精にとってそれは暗黒の始まりだ。  トユンの悲しい笑顔が頭をよぎった。  光は闇から生まれ出でる、と言ったキーラの言葉が反復された。なるほど闇を生み出すのは闇魔導士の役目だ。  深い闇の中でこそ、光の輝きは強く――。 ***  妖精の入った容器と荷物を持ったネリを、キーラと複数の魔導士が待ち構えていた。 「約束の場所はこちらではないはずです」  彼女は穏やかに、しかし厳かに告げた。 「ええ、だって僕はこれから、この世界を離れるのですから」  キーラはネリの言葉に怪訝な顔を向けた。 「気は確かですか。闇の世界で人間は生きてゆけません」 「そうでしょうか」  ネリが魔法を使うために片手を上げた。魔導士たちも身構える。  しかし次の瞬間、ネリの姿が揺らいだ。 「“影渡り”――。追いなさい!」  魔導士たちはネリを追うが、その姿は建物の影の中に消えた。 ***  ネリは、影がまとう亜空間の中を駆けていた。  闇魔導士が使う高等魔法“影渡り”は、一度記憶した空間座標で、かつ影の中であれば自由に行き来することができる。  トユンに連れてゆかれたトンネルの影に浮上したネリは、追っ手の姿が見えないことを確認した。バンダナとゴーグルを身に着けると、地上に続く道を急いだ。  走れ――。  走れ――。  この長いトンネルの向こうにあるのは光ではない――闇だ。
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