第三話 覆面ランナーがやってきた

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 日はどっぷり暮れてしまった。だが、覆面ランナーが現れる気配は無かった。僕達はだんだん面倒になってきて、タルニーの店の掃除とかを手伝っていた。その時、店じまいをしようとしていたタルニーの下手糞な日本語が店の脇から聞こえてきた。 「モト、店ガ、ハンジョーシマスヨーニ!」  僕達は慌てて走った。 「タルニー! どうしたの!?」  竹豊が真っ先にタルニーの側に駆け寄る。僕達も竹豊に続く。するとタルニーの前に恵比寿様のお面を被った怪しい人物が立っていた。タルニーは手を合わせて深々とお辞儀をしていた。 「恵比寿サマデス! アリガタヤ、アリガタヤ!」  恵比寿様のお面を被った人物はランニング姿で、小刻みに足を動かしていて一目で覆面ランナーだという事が分かった。 「ジョギングせんせ~! 覆面ランナーだ~!!」  僕が叫ぶと覆面ランナーは慌てた様に駆け出した。それを咄嗟に竹豊が掴んだ。 「怪しいヤツ! もう逃がさねえぞ!」  竹豊ってば何て勇ましいんだ! 僕は竹豊のビューティホーな横顔にうっとりと見とれていた。 「洋一郎之介! こいつの覆面を取れ!」  竹豊に言われて洋一郎之介がすかさず覆面ランナーのつけていた恵比寿様のお面を取ると、その下から今度は福禄寿のお面が出てきた。 「わっ! すげ~! イリュージョン!」  洋一郎之介ってちょっと馬鹿だから些細な事にすぐ感動するんだ。そして、影響も受けやすいから、さっきのタルニーに影響されてか手を合わせて福禄寿に拝んだ。 「もっと元気になりますよーに!」  すると途端に洋一郎之介から眩いほど輝くオーラが放たれた。 「うわーーー! なんか力が漲るーーーっ! ひゃっほーーい!」  洋一郎之介はバク転したり、飛び跳ねたり、ウザいくらい元気が良くなった。 「これ! すげーな!」  竹豊が感心して、羽交い絞めしている後ろから覆面に手を掛け、ささっと外した。すると覆面ランナーの福禄寿の下から今度は毘沙門天が出てきた。竹豊はそのお面を見るなり、叫んだ。 「もっとカッコいい男になれますよーに!」  僕はその願いを聞いて、「これ以上カッコよくなったらどうするんだ!」と心の中で叫んだ。しかし僕のそんな心なんて知らないと言わんばかりに竹豊から光り輝くオーラが噴出して、光の中から、よりカッコよくなった竹豊が現れた。僕達のニューリーダーに一同、見とれた。何故か鼻三郎は泣きながら敬礼をしていた。  その後も基次がひょっとこのお面に「もっと面白くなりますよーに」と願いをかけたら、基次の放つ親父ギャグが面白くてしかたないという不思議な現象に陥った。  とにかく、スゴイ。一同は覆面ランナーのお面の力に沸き立った。  残るは僕と聖と鼻三郎とジョギング先生だ。ジョギング先生はさっきから、タルニーの店に置いてあった「ヨッチャンイカ」に夢中でこの騒ぎに気づいていなかった。今がチャンスだ。  しかし、次に出てきたお面は韋駄天だった。鼻三郎が完全に物欲しそうな顔で見ていたので、竹豊が鼻三郎に促した。 「韋駄天にはお前が願掛けしろよ」  僕は竹豊の優しさに感激した。無論、鼻三郎も感激していた様子で、涙でグジョグジョの汚い顔で竹豊に微笑んだ。 「もっと足が速くなりますよーに」  すると、今度も鼻三郎が光り輝いて、とんでもなく足が速くなった。あまりの速さに鼻三郎は調子に乗って駆け抜けて行った。あっという間に見えなくなった。  どうやらお面の枚数も少なくなってきたようで、覆面ランナーはじりじりと後ずさりをし始めた。しかし負けるか! 僕だって願い事があるんだ!  それは聖も一緒で、僕と聖はお互いに意識しながら間合いを取った。覆面ランナーににじり寄る。 「取ったり!」  韋駄天を取ると弁天様だった。これは完全に恋のお願いが叶うに違いない。僕は焦った。願いを叶えてもらって、竹豊に驚くべき素敵な事を言うんだ! しかし、一瞬の隙をついてこともあろうに聖のヤツが……聖のヤツが……。 「竹豊君ともっと仲良くなれますよーに!」  僕を見てニヤリと笑う聖。何てことだ……。よりにもよって、聖にこの願いを取られるなんて!  聖はピンクのオーラを纏って妙なムードを作り上げた。完全にオカマバーのショーだ。キモイ。キモ過ぎる! しかし願い事の威力なのか、竹豊が聖に近づいて、まるで恋人にするように頭を小突いた。 「何、馬鹿なこと言ってんだよ!」  チョンなんて突付いてにこやかに笑い合っている! 駄目だ! そんな世も末の出来事、僕は認めないぞ! 必死で覆面ランナーのお面を剥がした。すると、何とお面が出てこず、覆面ランナーは目出し帽姿になった。 「そんなっ!」  僕があまりの衝撃に叫び声をあげると、ヨッチャンイカに夢中だったジョギング先生がやっと気づいて走ってきた。 「あっ! 覆面ランナーではないかっ! 取り押さえろ~!」  一人で叫んで一人で取り押さえていた。最初からそれが出来るなら僕達をお供にする必要なんてなかったんじゃないか? 僕はそんな事を考えたが、そんな事を考えている場合ではない事に気づいた。  とにかくこのままでは竹豊が聖の餌食になってしまう! 目出し帽でも何でも願いをかければ叶うだろう。  僕が叫ぼうとした、その瞬間。ジョギング先生のヤツが……。あの馬鹿が! 目出し帽を取ってしまったのだ。  うわ~。それ取っちゃお終いじゃない?   予想通り、お終いだった。しかし、世の中にはミラクルな出来事ってあるんだ。目出し帽を取ったら、忽然と覆面ランナーが消えたんだ。跡形も無く消えたんだ。それと同時に皆の纏っているオーラが消えた。  そうなると基次がオヤジギャグを言っても笑えなかったし、洋一郎之介は調子に乗って鉄棒でムーンサルトをしたら着地失敗して腰を打って痛そうにしていた。竹豊は変わらずカッコよかったけど妙な色気は消えていた。  そして、僕の一番気がかりだった聖のピンクオーラも消えた。竹豊はベタベタしていた聖から遠のいた。良かった。 「覆面ランナーはいったい何だったんだろうな」  その竹豊の問いかけにジョギング先生が肩を叩いて、良い先生ぶった。 「覆面ランナーは思春期に少年から大人に変わるヒヨコ達の心に住んでいる妖精なんじゃないか?」  意味が分からなかった。あれが妖精なもんか。七福神とかのお面を被っていたのに? 思春期って言ってたけどタルニーだってお祈りしてたのに? と、ジョギング先生に突っ込みたかったけど、面倒だから無視した。  覆面ランナーの事は僕達だけの思い出にすればいい。ありがとう、覆面ランナー。さようなら、覆面ランナー。  後日、走り去って行った鼻三郎が帰ってきた。ロシアまで行って、飛行機で帰ってきたらしい。しかし、こんがり焼けた肌とお土産の「ちんすこう」から恐らくロシアでなく沖縄だったんだろうと思った。  僕は初めて「ちんすこう」を食べた。何だか恥ずかしくなる名前だと思った。でも、とても美味しかった。今でも「ちんすこう」を食べるたびに覆面ランナーの事を思い出すんだ。
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