第四話 万引きは犯罪です

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 球技大会の日。憎らしいほど空は晴れていた。でも、僕達の心はどこか曇っていた。だって洋一郎之介だけが球技大会に参加できないなんて、そんなのないよ……。  ジャンバーヌ・インターナショナル・ハイスクールの学生達がゾロゾロと校庭に集合してきた。さすが多国籍だけあって、柄の悪そうな奴から頭の良さそうな奴まで色とりどりだった。 「センセー! オラタチハイッショケンメータタカーウコトチカマーース!」  よりによって、ジャン高の生徒が選手宣誓なんかしやがるから、すごく気持ち悪かった。いくら何でもカタコト過ぎる。方言どころの騒ぎではない。  まあ、そんなことはこの際良いとして、選手宣誓も過ぎて、ラジオ体操も過ぎて球技大会が始まった。それと同時に洋一郎之介がグラウンドを走り始めた。ジョギング先生はその様子をじっと見つめていた。  僕達のクラスは球技大会でバレーボールをすることになっていた。下馬評では僕達のクラスには最強の竹豊とスポーツ万能な洋一郎之介のツートップがいるから、優勝間違いなしとまで騒がれていた。それなのに今日はその内の一人、洋一郎之介がいない。  僕達は無実の罪で罰を受けている洋一郎之介が気になって仕方なかった。洋一郎之介はそれでも楽しそうにグラウンドを走っていた。  こんなんでは球技大会なんて身に入らないよ。僕は洋一郎之介が気になって気になって思わず走り出そうとした。それとほぼ同時に、竹豊が叫んだ。 「やっぱダメだ! 俺、ほっとけねえよ! ぜってー洋一郎之介はやってねえもん。アイツが罰を受けて走るってーなら、俺も一緒に走る! 球技大会なんてクソ喰らえだっ!」  竹豊ってやっぱりカッコいいよね。僕はそんな竹豊にポウッとなった。もちろん聖もポウッとなっていた。 「アタシも竹豊君と一緒に走るわっ!」  おっと! 聖に先制されてしまった。僕も慌ててそれに続いた。 「僕も走るよ!」  僕がそう言うと、竹豊は嬉しそうに笑った。僕はそんな竹豊に浮かれて驚くべき素敵なことを言おうとした。  その時、後から後から「僕も!」「俺も!」とクラスの連中が大合唱。僕の言葉は掻き消されていた。  僕達は皆で洋一郎之介の後ろに付いて走り始めた。どこから用意したのか鼻三郎が『洋一郎之介は無実です』と書かれたプラカードを持っていた。おかげでデモ行進みたいになっていた。僕達の抗議に洋一郎之介は嬉しそうに泣いていた。  でも、洋一郎之介より泣いていたのはジョギング先生だった。それはそれは汚いまでに。そして感極まったのか、叫んで僕達の中に飛び込んできた。 「よし! ヒヨコ達! 先生も走るぞ! 今日は3年4組ジョギング大会だ!」  いつの間にか目的も変わって何がなんだか分からなくなってきた。でも、僕達は球技大会もそっちのけで洋一郎之介の為に走りまくったんだ。  前にジョギング先生が「何事もジョギングと光る汗で解決するのだ」って言ってたことがあったけど、あり得なくもないな、ってその時はちょっとだけそう思ったんだ。それくらい、僕達の汗がキラキラ輝いていたから……。  しかし、せっかく僕達が気持ちよく走っていたのに、それをぶち壊すように嘲笑う声が聞こえてきた。正面を見るとアフロとドレッドがニヤニヤしながら立っていた。 「あっ! あいつらだ! 万引き犯はっ!」  それを見た洋一郎之介が咄嗟に叫んだ。確かに洋一郎之介はアイツらを追って行ったんだ。僕もそれは見た。 「お前らかっ! 俺の大事なヒヨコに罪を被せた不届き者はっ!」  ジョギング先生が怒号を浴びせた。少し地面が揺れた気がした。あまりの迫力にアフロとドレッドはどちらもすくんでいた。  ちなみにアフロは体操着に『カルロス・ヨシキ』と書いてあった。ドレッドの方は『セルジオ・エジーニョ』って書いてあった。日系かな? それともハーフかな? 完全なる外人かもしれない。まあ、そんな情報は必要ないけど。  ジョギング先生は大気中の気を吸い込んだ。体中にオーラが漲る。僕達は皆、ジョギング先生の次の攻撃が読めた。手をクロスにした。  来るぞっ! アレが! 「ゴブガリータ・エモーショナル・セレブレーション!」  僕達が予想していたのとちょっと違ったが、それでも前に見た、あの技と大差は無かった。  カルロス・ヨシキとセルジオ・エジーニョは瞬く間に五部刈りになった。カルロス・ヨシキのこんもりしたアフロがパサッと悲しげに地面に落ちた。 「分かるな、ボウズ。俺のヒヨコに罪を擦り付けるとは百万年早いわっ! 思い知ったか馬鹿めっ!」  ジョギング先生の奴……。すっかり悪者みたいな話し方だった。でも、僕達は泣いて帰っていく五部刈りの二人を見て、本当にスッキリした。 「ジョギング先生……。ありがとう……」  洋一郎之介がジョギング先生と拳を合わせた。二人の影が長く伸びて、夕日が背中を押し始めていた。  球技大会の成績は僕たちのクラスがダントツでビリだったけど、この日、僕達は優勝より大事な経験をもらった気がした。  あの時、洋一郎之介が持って出ちゃった『ジョンソン・ゲルペッカーの黄金都市と世界のUFO』は領収書をジョギング先生で切ってもらって購入した。  洋一郎之介は嬉しそうに、僕にジョンソン・ゲルペッカーの話をしてくれたけど、僕は途中から『オカリナステップ・123』を読みふけって聞いていなかった。まあ、いつものことだけどね。
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