第五話 走って走って肝冷やせ

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 夜の0時。外人墓地。僕達は皆、良い子に集合していた。ジョギング先生はやる気満々でランニングの上に黒いマントを羽織っていた。  けど、丈が中途半端だったから何のコスプレか分からなかった。予想ではドラキュラなんだろうけど、半ズボンがどうもしまらない。まあ、いい。正直、ジョギング先生の存在がお化けより数倍怖い。  それに、案外肝試しは素敵な企画かもしれない。だって今日こそ、僕は竹豊に驚くべき素敵なことを言うんだ。ペア決めは肝心だ。  僕は一目散に竹豊の元へ行った。すると、なんとすでに聖が竹豊の脇に位置していやがるっ! このままペアに流れ込もうとしているなっ! させるかよっ! 僕は慌てて聖を引っ張った。 「何よー。何か御用? アタシ、今、大変なのよ」 「いや、ちょっと。こっちこっち。向こうにミラクルが……」  無理矢理、聖を引っ張り出してなるべく竹豊から離した。フンッ。ざまあみろっ!  僕は優越感に浸った。その時、大きなミステイクを犯したことに気づいた。  しまったっ! 僕も竹豊から離れてしまった!  時はすでに遅く、生徒達は皆、さっさと肝試しに進んでいて残るは竹豊の番になっていた。 「待ってーーー! 竹豊~~~~っ!」  僕の叫びは竹豊には届かなかった。竹豊はあっさりと洋一郎之介と一緒に墓地の中に入って行った。他の生徒も全員いなくなっていて、結局僕は聖と組むことになった。なんてこったいっ!  後から聞いた話なんだけど、その頃お化けとしてスタンバイしていた鼻三郎と基次とジョギング先生は意外と面白いほど驚く生徒達を驚かすことがちょっとした快感になっていたらしい。三人は次々と驚かしていた。完全に調子に乗っていた。 「やるなあっ! ヒヨッコ! 先生も負けないぞウガーーーーーッ!」  先生は二人に対抗意識を燃やして鼻息を荒くしていたらしい。その頃からヤバイ気がしてたって基次が言っていたな。  でも、アイツら、なんで三人固まって脅かしてたんだろう。普通、チェックポイントごとにお化けっていたりするよね。  ま、ある意味あんな三人がまとめて出てくりゃ怖いよね。生徒達は本気で走り逃げてたって聞いたから、もしかするとお化けより怖いジョギング先生から逃げたかっただけなんじゃないの? 僕だってあんな人に追われりゃ逃げるよ。でも、僕は今、それどころじゃなかった。  うっかりしていたけど、僕って本気でお化け屋敷が嫌いなんだ。ジェットコースターも怖いけど、お化けの方が数倍怖い。  僕は不本意ながらも聖と手を繋いでしまった。だって仕方ないじゃない。命には代えられん。だからペア選びは重要だって言ったのに……。隣にいる聖が竹豊だったらどんなに良かったか……。  でも気づかなかったけど聖って意外とガッシリしてて、男らしいんだなあ。僕はペラペラなんじゃないか、っていうくらい細いからなんだか悔しかった。  ジョギング先生はその頃、興奮しすぎてベクトルがぶち切れたらしい。そのまま、墓石をなぎ倒しながら、逃げる生徒を追いかけて行った。なんて罰当たりなんだ……。  基次と鼻三郎は慌てて先生を追ったらしい。その時、古臭い墓石に鼻三郎がぶち当たったんだ。ズレた墓石の中から真っ赤な光がカッと飛び出した。それと同時にどこからともなく呻き声が聞こえてきた。 「な……なんだよう! 超キモイよ……」 「やダスよー。帰りたいダスー」  基次と鼻三郎は縮こまってガタガタ震えていた。二人がしゃがんでいるすぐ下の土からボコボコと浮き上がる腐った手。異臭たちこめる薄暗い墓地。まるでスリラーだ。 「我々を目覚めさせたのは……誰だ……」  轟くような、地下から湧き上がる声がこだまする。そして、腐った死体達がワラワラと集まってきて、すっかり怯えて動けなくなった基次と鼻三郎に迫る。 「うわぁぁーーーーーんっ! 助けてーーーーーっ! まだ死にたくないーーーーっ! もっと華々しく活躍して……そうだなあ、まずは有名大学に入って……その後、一流企業に入社……そして日々、ジムに通い肉体を鍛え……のち、モデルと結婚……一男一女に恵まれ……」  基次の人生設計の叫び声は墓地中に響き渡った。命の危機に面しているとはとても思えない。僕は驚いた。まさか、そんなスリラーな出来事が起きていたなんて、そんな基次の叫び声からは想像もつかなかった。 「何言ってんの? 基次?」  その時、腐った死体に囲まれている基次と鼻三郎の元へ竹豊が駆けつけたんだ。 「竹豊~~~~~~!」「竹豊くーーーーん!」  基次と鼻三郎は声を合わせて竹豊の名を叫び、すがりついた。竹豊は腐った死体達を踏んづけていたらしい。すごい奴だ。洋一郎之介も踏んづけてたみたいだけど、それは完全にウッカリ踏んだだけのことだろう。 「何だよ。コイツら。どうなってんの?」  次々と現る腐った死体に竹豊は踏みつけながらも戸惑っていた。 「うっわーーー。マジでスリラーだね。俺、完璧に踊れるんだぜ!」  そう言って、洋一郎之介はその場でMJばりに踊り始めたらしい。何てお馬鹿さんなんだろう、洋一郎之介って。でも、中々の踊りっぷりで一瞬、腐った死体を含めた皆の動きが止まったらしい。意外と凄いんだな。洋一郎之介って。  それより、何より、大変なのは僕だよ、僕。僕たちの所にまで、腐った死体の群れは押し寄せたんだ。  僕は失神寸前だった。お化け屋敷のお化けだって怖いのに、本物なんてケタが違うよ。僕は聖に必死でしがみ付いた。しかし、僕がもっと驚いたのはそれからだ。  聖はオカマのくせに、もの凄い力で腐った死体を投げ飛ばした。 「フンヌッ!」  次々と腐った死体を放り投げていく。す……すごい……。よくオカマがバレーボールとかやると、すごく勇ましいじゃん。それと同じだった。  忘れかけていたけど、聖ってそういえば男だった頃は空手とか習ってたっけ? とにかくフンフン言って腐った死体を投げ飛ばしていく聖は男の中の男だった。僕はついカッコいいなんて思ってしまった。命の危機って人を狂わせるんだね。これが「つり橋効果」って奴かな? 「すげーー聖! ガンバレーー!」  僕は興奮した。興奮しすぎてウッカリ地面から出てきたばかりの腐った死体の手を握ってしまった。そして引っ張ったから、半分出てきた腐った死体と目が合った。 「ギャアァァーーーーーーーーーース!!!!」  僕は倒れた。正確に言うと倒れかけた所で騒ぎを聞いて駆けつけた竹豊に支えられた。 「大丈夫か? しっかりしろっ!」  せっかく竹豊が来てくれたのに、僕は気を失いかけていた。それでも、僕は最後の力を振り絞って驚くべき素敵なことを言おうと口を開いた。その時、上から何かが落ちてきた。白いランニングが消えゆく意識の中で目に入った。 「ジョ……ジョギング先生っ!」  僕の消えかけた意識は再びしっかりと元に戻った。
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