第二話 友情ジョギングは横一列

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第二話 友情ジョギングは横一列

 僕達のクラスにジョギング先生がやって来てからもう三週間ほど過ぎた。ジョギング先生の作った落とし穴で負傷した深川洋一郎之介の傷も完治していた。そんなある日の出来事だった。 「お前達! 俺がこのクラスの担任になってから早、三週間ほど過ぎたが、やる気という物が見られないっ! 俺は悲しい。悲しんでいる。だから、お前達に試練を与えたい。いいか。明日『マラソン・de・区内巡り大会』を開こうと思っている! 強制参加だっ!」  ジョギング先生はいつも唐突だが、今回はいつもに比べて熱かった。本気だと思った。 「冗談じゃねえよ。そんなダッサイ事やってられるかよ。ぜってーやんねーからな」  やっぱりいつも通り、僕らのクラスのリーダーの吉見竹豊が反発した。 「黙れいっ! これは命令だ。ドベから10位以内だったものは……コレだっ!」  そう言うと、ジョギング先生は手を胸元でクロスにして叫んだ。 「カクガリータ・エッセンシャル・センセーション!」  すると目にも止まらぬ早業でジョギング先生の手が動いたかと思うと、一番前の列の右端の席に座っていた安部中山聖(あべなかやま・せいんと)の頭が一瞬のうちに角刈になった。皆唖然とした。教室中は静まり返った。 「無論、サボった者もコレだぞ」  ジョギング先生はクロス手のままニヤリと微笑んだ。そして安部中山は泣きながら教室を出て行った。 「阿部中山はたまたま一番前の右端に位置していたから生贄になってもらった。運も実力の内なのだよ。阿部中山もサボるんじゃないぞっ!」  泣きながら出て行く阿部中山の背中に向かってジョギング先生が叫んだ時、竹豊が机を蹴り上げた。 「やってやるよ! 先公! 安部中山の仇だっ!」  そう言い残して教室を出て行った竹豊が向かったのは安部中山の元だった。恐らく慰めてやったのだろう。  僕は少しだけ安部中山に嫉妬した。しかし、嫉妬している場合ではない。僕は足が遅いのだ。きっとドベから10位に入ることは間違いない。その時、僕はこずるくて、どうやれば走らずに罰を受けずに済むかしか考えていなかった。竹豊には相応しくない……。自分でも少し胸が痛んだ。  マラソン大会の当日になった。僕達は登校して来た阿部中山に度肝を抜かれた。彼はその日、生まれ変わった。角刈になったことを恥じて、このままで居られないと心もチェンジすることに決めたのだ。蛹から蝶へ変身するように、安部中山は女に生まれ変わった。しかし、角刈に化粧というドギツイ姿は完全にオカマバーのホステスだった。喋り口調もオネエになっていた。 「アタシ、変わったの。昨日、竹豊君から励まされて……。生まれ変わることに決めたの。今、とっても清々しい。良いものね。女になるって。竹豊君に感謝してるわ」  そう言って、竹豊に熱視線を送る彼女(?)を僕は少しだけ羨ましく感じた。僕もあんな風に思いを口にすることができたら……。でも、角刈になったのが自分じゃなくてホッとした。僕はこんな変化はゴメンだ。  そして僕はというと、登校時からパジャマでお邪魔だった。 「せ……先生。僕、走りたいのは山々なんですが、今日はちょっとお腹を壊しちゃって……。多分、僕が走ると皆に迷惑をかける……。でも、僕どうしても皆の勇姿が見たくて来ちゃったんです。僕は本当に走りたいんです……。お腹さえ丈夫なら……」  僕は得意の上目遣いとお涙でジョギング先生を軽く騙した。ジョギング先生はそんな僕の姿に号泣していた。僕は特別に休むのを許された。竹豊の視線が痛くて、僕は彼を見られなかった。竹豊は見抜いているのかもしれない。
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