第四話 万引きは犯罪です

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第四話 万引きは犯罪です

 あの事件が起きたのは翌日がジャンバーヌ・インターナショナル・ハイスクール(通称:ジャン高)との交流球技大会を控えていた日の午後だった。  明日の大会の為に、悪漢高校は午前で授業が終わる。いくつになっても授業が早く終わる日って嬉しいもんだ。僕達は寄り道をして帰ることにした。 「俺、本屋に寄って行っていい?」  そう言ったのは、僕と帰る方向が一緒の深川洋一郎之介だった。 「ああ、いいよ。お前、本屋好きだよね」 「うん。俺って本屋に行くとすぐお腹痛くなるじゃん。そのムズムズ感が好きなんだよね」  洋一郎之介って何だか良く分からないことを平気で言うから困る。  とにかく、馬鹿な洋一郎之介が本を読むために本屋に行く訳ではないと分かってホッとした。僕もあまり本は読まないが洋一郎之介みたいな馬鹿が僕より本を読んでいるなんてちょっと悔しいし。  僕がそんなことを考えていると、僕らのクラスのリーダー、吉見竹豊が教室から出ようとしていた。僕は慌てて竹豊に声をかけた。 「竹豊は本屋寄ってかない?」  僕は平常心を保って誘ったけど、本当はすごくドキドキしていたんだ。だって竹豊とめくるめく素敵なアフタースクールを送れるかもしれないじゃん。でも……。 「う~ん。本屋はいいや。ゲーセン寄って帰る」  竹豊から返ってきたのはそんな言葉だった。ガッカリだった。「僕も一緒に行ってもいいかな?」そんな言葉が出掛かっていた、その時!   出たよ。カマ野郎が……。安部中山聖が……。 「竹豊君が行くならアタシも行っていいかしら?」  何てこと言いやがる! お前には主体性というものが無いのかっ! 人が行くから自分も行くみたいな輩は一番嫌いだ! 竹豊もそんな主体性の無いやつが一番嫌いに違いない。断られて粟でも食うがいいさっ! さあ、YOU! あっさり断っちゃいなYo! 「いいよ。行こうぜ」  そんなことってあるかい? 随分あっさりだね。僕がそんな二人を見て呆然としていると、聖がニヤリと笑った。こんな悔しいことってないよ。  だいたい、僕はかなり可愛い顔をしているんだ。それはそれは、女の子と何度間違われたことか……。そんな僕が何だってあんなカマ野郎に敗北感を味合わなきゃなんないんだっ! でも、竹豊にベタベタ張り付いて教室から出る聖を見たら、負けたって気がしてならない。  僕がポウっと二人が消えて行った扉を見ていると、洋一郎之介が背中を押した。 「帰ろうぜい」  お前が誘わなきゃ僕だって竹豊と一緒にゲーセンに行けたのに、と恨みがましい目で洋一郎之介を見たんだけど、コイツってちょっとアレだから全く分かってないような明るい顔をしていたんで、どうでも良くなった。  結局、書店の横がゲーセンだったから、帰る途中で竹豊に会ったんだ。しかも別に聖と二人きりってわけでもなくて、柳沢基次と徳本鼻三郎も一緒だった。僕の敗北感を返して欲しかった。  本屋の前でとりあえず、僕と洋一郎之介は竹豊達と別れた。でもその後、カラオケに行くことにしてるからまた会うんだけどね。 「じゃあ、また後でね~」  竹豊達にそう言うと、洋一郎之介はニコニコしながら本屋に入って行った。本当に本屋が好きみたいだ。洋一郎之介は一目散に怪しげな世界の不思議コーナーに駆けて行った。そして、嬉しそうに『ジョンソン・ゲルペッカーの黄金都市と世界のUFO』という妙な本を手にしていた。 「ジョンソン・ゲルペッカーってすごいんだぜ。日本に黄金都市があるかもしれないって見抜いてるんだぜ。俺、もうワクワクしちゃってさ……」  洋一郎之介が何の為にもならない話を延々とし始めたから、僕はほっといて『オカリナ入門』を探しに行った。僕は最近、夜な夜なオカリナを吹くのが日課なのだ。  しばらくするとお腹が痛くなってきたのか、洋一郎之介が本格的にソワソワし始めた。そんな時、事件は起きた。  一目散に駆け抜けて、アフロとドレッドの学生服二人組が本屋から出て行った。それを見た洋一郎之介が、慌ててその二人を追いかけて行ったんだ。僕はその様子を呆然と眺めていた。  二人組が走る。洋一郎之介が走る。そして店員さんが走る。店長も走る。何だか懐かしい海外アニメあたりでこんな光景が見れるよなあ、なんてボヤーッと考えていたら、事態はそれどころじゃ無くなっていた。 「店長! コイツです! 万引き犯はっ!」  店員さんに捕まっていたのは、なんと洋一郎之介だった。 「違いますよっ! 僕は犯人を追って……」 「何嘘ついてんだ! その手に持っている商品を良く見ろ!」  洋一郎之介の手にはしっかりと『ジョンソン・ゲルペッカーの黄金都市と世界のUFO』が握られていた。 「あっ! あれ? ちがっ! これは違くてっ! あいつ等が漫画を盗んで走ってったから慌てて追いかけたら……」 「とにかく裏に来いっ!」  洋一郎之介は問答無用で奥へ連れて行かれた。僕は慌てた。洋一郎之介は馬鹿だけど犯罪だけは絶対しない。そういうヤツだ。 「洋一郎之介!」 「違うんだよ~。俺じゃないってっ! これはウッカリ持ってっちゃって……」  僕は心配だったから洋一郎之介に付いて行った。 「店長! 漫画がごっそり盗まれています! 『メガネ三銃士』の完全版、全30巻が全部無くなってます!」  いかにも頭の悪そうな顔をした店員が控え室に入って来るなり、そう叫んだ。 「漫画はどこに隠した? 仲間に渡したんだろっ! この悪漢高校生がっ!」  洋一郎之介に、小太りの黒ぶちメガネの店長が鼻息も荒く怒鳴りつけた。僕達、悪漢高校はこの辺りじゃ札付きの悪だから、何もしてなくったて疑われちゃうんだ。それが何となく悔しかった。 「何もしてないんですって! それどころか盗みを見たから、とっ捕まえてやろうなんて思ったから追いかけちゃって……」 「じゃあ、何でそんなにソワソワしていたんだ? 私は見ていたんだぞ。君がソワソワ、キョロキョロ、怪しげな動きをしていたのを」  そう言って小太りメガネが机をダシーーンと叩いた。上に置いてあったホットモカチョコレートのマグカップが漫画みたいにボヨーーンと飛び上がった。零れるんじゃないかとドキドキしたけど、見事に元に戻った。店長はどうやら慣れているようだった。 「違いますっ! 俺は本屋に行くとお腹が痛くなるから、いつトイレに行こうかなって作戦練ってたんです!」  洋一郎之介の言っていることは嘘じゃない。アイツはいつもそうなんだ。何故か知らないけど、本屋に行ってお腹が痛いとか言ってトイレに行くのをちょっと楽しみにしている節がある。おかしなヤツだ。 「まあ、いい。とにかく親御さんに連絡を……」 「両親はシベリア辺りの超特急で働いているので日本にはいません」  そうだった。洋一郎之介の両親はシベリア辺りの超特急で働いているから、日本にはいないって洋一郎之介が自慢気に話してるのを聞いたことがある。だから彼は今一人暮らしなんだ。 「じゃあ、仕方ない。先生に連絡するからな」  僕はドキっとした。恐らく洋一郎之介もドキッとした様子だ。先生って……。アレ呼ぶの?  しかし、問答無用で小太りメガネは学校に連絡していた。電話越しにジョギング先生の声が聞こえてきた。僕から何メートルも離れているというのに、電話越しに聞こえるとは、どんだけデカイ声を出しているのか、ちょっと驚いた。  しばらくして、ジョギング先生がジョギングで駆けつけた。 「おおおお……お前ってヤツは~~~っ!」  ジョギング先生は珍しく動揺していた。ランニングの袖を間違った所に通していた。首を出す所に右手も出しちゃってるから何か古代ギリシア人みたいな格好になっていた。 「すいませんでしたっ! コイツ、普段はこんなことする子じゃないんですっ! 私からよく言って聞かせますから、今日はお許し願えませんでしょうか?」  ジョギング先生の誠意を込めた謝罪はサイレンのように響いたので、おそらく迷惑に思った小太りメガネが僕達をすんなり帰してくれた。  騒ぎを聞きつけて本屋の前に竹豊達も集まっていた。 「洋一郎之介! 大丈夫かよ!」  竹豊は意気消沈している洋一郎之介に優しく話しかけた。竹豊が僕らのクラスのリーダーでホントに良かった。 「俺……。やってないのに……」  洋一郎之介が悲しそうな顔をしているのを見て、僕はあの時どうして洋一郎之介は絶対してないって言ってやらなかったんだろうって思った。 「とにもかくにも、お前にはすまないが、疑わしきは罰するという我が校の掟にしたがってお前には罰を受けてもらう。さあ、選ぶがいい。角刈かジョギングか。さあ、どっち?」  何かのバラエティ番組みたいに言いやがって、と僕は何故だかちょっとだけ楽しそうなジョギング先生を睨みつけた。でも、本当に洋一郎之介って馬鹿だから、うっかり「ジョギング!」って叫んじゃったんだ。  結局わだかまりは残ったけど、明日の球技大会中、洋一郎之介はジョギングをするってことで落ち着いたんだ。 「洋一郎之介……やってないんだろ? 走ることなんてねえよ……」  竹豊や僕が何を言っても洋一郎之介は「気にするな」って言い張る。 「俺、走るの好きだから苦じゃないよ」  とか言ってさ……。馬鹿だけど良いヤツなんだ。いつもニコニコ笑ってて。争いごとが嫌いで……。だからこそ、僕達は洋一郎之介がやったなんて信じられないんだよ。
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