オープニング

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オープニング

「あー、寒い。寒い寒い寒いぞこのやろーっと、あー、口の中まで寒くなってきた」 ガサガサとコンビニ袋を揺らして細い路地を歩く一人の青年。 ワックスで整えていただろう前髪をくしゃくしゃと混ぜ、どちらかというと童顔に見られる顔を髪の間から覗かせる。 その姿はくたびれたリクルートスーツに身を包み、気怠げに背を丸めて歩いていた。 「今回も無理くさいし・・・」 我、現在就職活動中なり。結果はこの通り散々な結果となっている。季節は冬、つーか3月。実にヤバい。テレビや新聞ではすでに次年度の求人募集が始められている。 おーい、ここにまだ残っている人がいますよー。実に腹立たしい。 記念すべき本日90社目の面接では「なんでまだ就職活動つづけているの?」ときたもんだ。 うっせー。こっちが聞きたいそんなこと、大層な望みを言ってるわけじゃないじゃないですか。家賃が払えてちょびっとした娯楽が楽しめてさ、残りの給料を少しずつ貯金が出来れば満足なわけですよ。職種?危ない仕事以外ならオールオッケー。 ポケモンでいうとメタモンタイプの俺なのにどうしてこうも落ちるのか。 「・・・主体性か?」 何社目かの面接で言われた言葉。どんな会社なのかももう忘れたが、確か「君には自分がないわね。誰かの影に潜んでいるように見えるわ」・・・だったか。 ほんのり厨二風味だったから覚えていた。まぁ、どんな会社だったのかは忘れたが気が強そうな女性だった。 「本当はそこで怒ることが正解なんだよな」 喜ぶひともいそうだが・・・ 「なにも思わなかったんだよなぁ」 そう、俺は特別なにも心に響かなかった。挙げ句の果てに「アッハイ・・・」と返したもんだからさぞあの女性は張り合いがなかっただろう。 まだその会社からは返事はまだだお祈りされるのは時間の問題だろう。 「過去より明日の面接だよな」 明日、明日こそ決めてやる。もう色々限界だ。主にお財布事情が。 お金のことを考えると頭が痛い、こんな状態ならバイト辞めなきゃよかった・・・。 「アデデデデデデデ・・・ん?」 首に手を当てグルリと一周。パキポキと軽い骨の音に合わせて世界が回る、と待て、何かが視界に入った。 赤い、球体、飛んでいる、一つ一つ視覚情報を咀嚼していき、あ、あぁ風船だ。赤い風船。テーマパークとは無縁の幼少期を過ごしてきたもんだからすぐにピンとこなかった。 しかし、この辺にはテーマパークなんてものは存在しないし、どこかに新しい店でも出来たか? 「雇ってくれないかな、くれないよな」 いかんいかん、思考がすぐにそっちに逸れてしまう。 ぼう、と風船の行く末を見守っているとスイッと路地の角を曲がった。 そっちはなにもないぞー。あるのはボロアパートとそのアパートの住人たちが築き上げたゴミ袋の山と今では絶滅しつつあるタバコ屋くらいだ。 俺とお前の旅もここまでのようだな、楽しかったぜ風船。すこし子供の頃を思い・・・だしてはないな、感じ・・・てもないな、風味を味わったようなないような時間を過ごすことができたぜ。これからお前はどこぞ分からん木やら電柱やらに絡まる運命なのだろうが、それも人生だぜ。達者でな、アディオス。 路地を曲がらず歩を進めたとき、 「きたー!」 え?着た?北?来た?何が?俺が? 「ほーらね!お姉ちゃんの言う通りだったでしょ!僕ちゃんも天気予報は毎日しっかり見るのよ」 一度通り過ぎた路地を半歩下がって覗き込む。 そこにいたのは・・・ 「いねぇじゃん」 誰もいない。いや、確かに声は聞いたぞ、若い女の子の声だ。 「あともうちょっと待ってて、すぐに取っ・・・あれ?届かない・・・」 また聞こえた。上から、しかも今どのような状況か想像出来そうなセリフで。 「お、お姉ちゃん、無理しなくていいよ危ないよ」 見上げると、3階建ての古いビルの屋上でオロオロ不安そうな顔をする小学3年か4年生くらいの男の子と、その男の子の視線の先にいる女子高生だった。 綺麗な黒髪を肩口で切りそろえており、前髪も目にかからない長さで整えられている。この髪型をしていても真面目な優等生といった印象は受けず、むしろその切れ長の目のおかげで「高嶺の花」といった印象を受ける。 だが、今の状況は「高嶺の花」なんて言葉からはほど遠い、なんと彼女は3階建てのビルの屋上から身を乗り出しているではないか。今にも外れそうな頼りない鉄柵に全体重をあずけ、手を伸ばす先にはさっき俺とアディオスした風船が電柱に、後もう少しで手が届くというところで絡み付いていた。なるほど、なんでこんなスリリングな場面が目の前で展開されているのか大体つかめたぞ。 男の子が持っていた風船が飛ばされてしまった所をあの女子高生が何とかしようとしているわけか。 「なんてベタでベターな・・・」 だけど、風船を追いかけてきてすぐにビルの屋上まで昇れるものか? 建物の屋上てそんな簡単に入れるものなのだろうか、どうなっている管理会社。 そしてここで問題になるのが俺の行動。 今、突風でも吹けば風船が飛んでいきそうで、ついでに彼女のバランスも崩れそうでギリギリな場面であることは確かだ。ついでにパンツも見えそうだ。 幸いなことに2人とも俺の存在に気づいていない。 1、見なかった事にして再び帰路につく。 2、下から、声をかけてとりあえずは女子高生に身体をビルの中に引っ込めてもらう。 3、現代人らしくスマホを取り出し激写。 いや、いやいやいや、3は無いけどね。流石にてぃーぴーおーは分かっているつもりですよ。第一撮ってどうするんだって話ですよ。スターバックスの新作でも動物でもあるまいし、いちいち撮ってSNSに投稿する気が未だに俺には理解できない。愛でるのか?撮った写真を、昨日のなんとかフラペチーノ美味しかったって、愛でるのか?とりあえず3は無し。 まぁ、正解は分かっているんだが、分かっているんだがなぁ・・・。 「絶対に面倒ごとに巻き込まれそうだ」 俺の第六感が警報を出している。 あきらめてビルの中に引っ込んでくれたらいいんだが、他にこの状況を見ている人もいない、まだ頑張って風船を取ろうとしている姿からは自分が今どんなに危ない橋を渡っているのか理解している感じもない。 しょーがない、人生の先輩が声をかけてやろう。そして予想できる未来の通りに俺が代わりにビルに昇って風船を取ることにしようか、スーツを汚したくはなかったんだが。 可愛い女の子と僕ちゃんのためだ、明日の面接に向けての徳として、願掛けとして、面接のネタにはできそうだよな。うむうむ。信じてくれなさそうだが。 そして、重たい口を開き、 「おーい、あぶなーーーー」 「え?」 彼女の握っていた鉄柵がズレたように見えた。 そこから先はスローモーションだった。 俺とバッチリ目があった女子校生は驚きの表情を浮かべ、今にも瞳に涙をためて泣き出しそうだった男の子の頬に雫が落ちた。 彼女は、少女は、空にいた。 助けねば、あんなに重たかった足が、身体が、沸騰したように熱くなった。 空で独りぼっちの彼女を迎えてやらねば、あんなに高い所から落ちたらきっと痛くて泣いてしまう。 鞄を放り投げ、革靴が削られるのも構わず走る。 悲鳴は聞こえない。
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