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悲鳴は聞こえなかったが、潰れる音は聞こえた。
結論から言うと、俺は間に合わなかった。
いや、普通に間に合わないでしょ、目算で5メートルは離れていたぞ。
少しは運動に自信がある俺でもゼロスタートでマッハはきつい。
ましてはスーツに革靴、言い訳にしては十分だろう。
肩で息をする俺の前には、女子高生が埋もれていた。
何に埋もれていたのか、ゴミ山に埋もれていた。
ちょうど落下場所に不法投棄の賜物であったゴミ袋がこんもりと積み重なっていたのだ。
ありがとう、近くのアパートの住人たちよ、貴方達の行いで一人の命が救われた。
代償に彼女が落ちた衝撃で袋が破れてしまい、中のゴミが散乱してしまったが・・・。
とはいえ3階のビルの屋上から落ちたのだ、意識があるか心配になったが山の中から女子高生のくぐもった声が聞こえてきて、ひとまず胸をなで下ろす。
上半身は山に隠され視認が出来ず、唯一見えるゴミ山から生えているスラリとした脚(右足)に声をかける。
「あ、あの大丈夫ですか?怪我とか、してないですか?」
するとガサガサと山から音が鳴り、ニュッと腕(左腕)が飛び出してきた。
えーっと、これは引っ張れということか?
ゴミ山でバランスが取れる場所を見つけ出し、女子高生の手を握る。
や、やわらけぇ、そしてちっさい。
久しぶりの女の子の手、前の彼女とは高校の時大学受験を期に別れてしまい、それからなんだか新しい彼女を作る気も無くなってしまっていたから、かれこれ4年ぶりの女の子の感触になる。
「ねぇ、はやく引っ張って。鼻がもげそう・・・」
「は、はい」
危ない危ない、このままだとゴミ山から生えている手と握手している変態になるところだった。まずゴミ山から生えている手という設定がおかしいのだが、それはちょっと置いといて女子高生にご登場願おう。
「そら、・・・大丈夫か?」
ぐいっと多少強引に腕を引くと、シュレッダーで処理された紙なのだろうか、細い白を黒髪に巻き付けた頭、カップメンによく入っている薄いカマボコをおでこに貼った顔が出てきた。
この不法投棄のゴミ山に分別なんて期待してはいけなかったのだ。
粗大ゴミではないだけましというものである。
潔癖性な人なら発狂しそうな姿で現れた彼女は、己の姿を確認するよりも真っ先にビルに向かって声を張り上げる。
「おーい!僕!風船!取ったよー!」
右手にはしっかりと赤い風船が握られていた。
おいおいまじかよ。
それから俺の第六感は見事的中、めんどくさいことに巻き込まれている。
「ちょっと、お兄さん?しっかりおぶってよ。ローファーが削れちゃう。身長縮んじゃう。」
「ケンカ売ってんのか、そこらに捨てるぞ」
「不法投棄反対」
あれから泣きそうな顔で、というか半分泣いている顔でビルから飛び出してきた男の子に風船を無事に渡し、帰宅をうながした。
家まで送り届けるか迷いはしたが、「ここから近いし、知らない人と一緒にいちゃダメってママが言っているので」なんともしっかりとしたお子さんであった。
しかし去り際には「お姉ちゃんと、・・・お兄ちゃん、ありがとう」ときっちり俺のことまで気を使い礼を残していく、なんていい子だ。ショタロリ好きはこうやって生まれるのではないかと一瞬錯覚すら覚えた。
最近は面接官としか会話をしてこなかったから余計に優しい言葉が身にしみる。社交辞令としても嬉しい。気をつけて帰るんだぞ。変態には特に気をつけろ。
・・・じゃあ、俺もそろそろ帰ろう。
帰って明日の面接対策をせねばならぬ、洗濯物もベランダに出しっ放しだし、今日は夜に雨が降るという予報だったはず。早く帰らねば、早々に立ち去らねば、これにてごめん。今度こそアディオス。
「ちょっとお兄さん?さっきは何声かけてくれちゃってたの?つーか、なんで帰ろうとしてんの?」
ですよねー。
声の主はもちろん彼女。今ではゴミ山の主と化している。
ちなみに今の今までこの女子高生は俺のことをガン無視していたのである。
てっきり俺が急に下から声をかけたことに怒っているからこの態度だと勘ぐってはいたのだが、そもそもはあのような危険な体勢を取ることが問題であって、それを注意したまでだ。
あれではタイミングは違えど遠くない未来で屋上から落下するだろう。
それが今日でなかっただけだ。
今回はたまたまゴミがクッションになってくれて助かったが(嬉しいことに擦り傷一つ見当たらない)ここは年上である俺が叱ることすれ、ましては叱られる筋合いではない。
男の子が去り、女子高生も無事。これにてハッピーエンドだ。
さぁ、帰ろう。
「待ってってば、私とお話をしましょう。」
「あー・・・と」
まぁこうなるとは分かっていましたけれどもね。
「あー、お前な、風船を取ってあげる心遣いは大変評価するがあんな取り方は危険すぎるだろう。今回はたまたま怪我もなくすんだがお転婆もすぎるといつか痛い目に合うぞ」
何も間違ったこと言ってない。これは本心である。公園の木によじ上るのとは違うのだ、ましては地面は草や土ではなくコンクリート。打ち所が悪かったらと思うとゾッとする。
「違う違う。私はお説教を聞きたいんじゃないの」
は?何を言っているこの小娘、人が心配して助言をしているというになんという言い草だ、ゴミ袋から飛び出してきたミカンの皮を投げつけてやろうか。
「私はね、お兄さんに感謝しているんだよ・・・こんな貴重な体験ができて私ってばやっぱりラッキーガールだって」
「は?」
は?何を言っているこの小娘、一体どこら辺がラッキーだというのだ、アンラッキーの間違いじゃないのか。
「良い体験をした。ジャッキー・チェーンも真っ青ね」
「え?何?怒っているんじゃないのか?」
「怒っている?誰が?私がお兄さんに?ないない、さっきも言ったけど感謝してるぐらいだよ、バンジージャンプが可愛くなる体験をさせてくれたんだもの」
「いや、さっきまで会話なかったじゃないか。てっきり怒っているのかと」
「それこそむしろ私の方でしょう、こんな危ないことをしたんだもん。お説教は聞きたくないけれども本当はこうして暢気に会話できていることに戸惑っているよ、お兄さんって優しいんだね。まぁ、会話はワザと無視していたんだけれど」
ワザと無視されていた。
しかも軽くお説教のつもりが彼女の中では陽気な会話になっていた。
「いやぁ、どうしてもお兄さんと会話するとあの男の子から見る私の印象が変化しちゃうじゃん?それって今までの私の努力が台無しになっちゃうじゃん?」
ん?ちょっと待て、おかしな文章が聞こえてきた。
「つまりえーっと、・・・どういうことだ?男の子の前で俺と会話すると何か不都合でもあったってのか?」
「そう、まっ不都合っていうよりさ、」
そう彼女は一拍言葉置いて、唇を薄く舐めて続きを語りだした。
「あの子供にとってはさ、私が風船をとってくれる唯一の頼れる人間だったわけじゃない。
きっと私が頼みを引き受けた時なんかは超人かなんかにでも見えたはず、だってあんな危険な真似をして自分のためを思って行動してくれているんだもん。まぁ、そこまで考えていなくても心のどっか奥底で感じてはいるんじゃないかな。・・・で、ここからが問題。今回は、たまたま、偶然に、失敗というかミスというかなんというかで、綺麗な形で男の子の頼みを終えることができなかったわけ、ビルから落ちるというハプニングが入っちゃったからね。いつもならウェルカムでこの状況を受け入れちゃうんだけど・・・今はダメ、男の子が見ているから、何故だか分かる?」
「・・・超人じゃなくなるから?」
「ピンポンピンポン大正解!いやぁお兄さん頭冴えてるね。ここで落ちてきた私を気遣う言葉に応えてしまったら、私はビルから落ちるハプニングに負けたことになるでしょ?負けた所を男の子に見られるのはイヤだったのよ。と、そんな感じでお兄さんのこと無視していました。
もーしわけごさいませんでしたー。」
ものすごい流れで謝罪された。
「いやいや待て待て、どうして負けることになるんだ。勝ち負けの話じゃないだろう」
「勝ち負けの話でしょう、今回は私のプライドが相手になるのかな?そいつに勝つことは風船を取るってこと」
彼女と会話しているとだんだんと感覚のズレが出てくるようだ。
自分が決めたボーダーにストイックになることは結構なことだけれども・・・
「そんな生きかたじゃあ、いつ死んでもおかしくないぞ」
俺の言葉に彼女は声を出さずに笑って返した。
「で、お兄さんにひとつお願いがあるんだけども聞いてくれない?」
「何?」
「実は屋上から落ちてきたことで腰抜かして動けないんだよね。いい加減にこのゴミ山から出たいし」
両手を広げ満面の笑み、そして首をかしげるオマケつき
「家までおぶって」
そして話は戻る。
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