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運命的なであい?
女子高生をゴミ山に放って一人で帰るわけにもいかず、こうして背負っているのだが彼女なかなか身長がある。
今まで下から見上げていたか上から見下ろしていたかの状態だったから分からなかったが、女子の平均は超えているのでは。いや、けっして俺がチビというわけではないが平均はあるし、あるんだって。
よいせっと彼女を抱え直す。身体に力が入らないのは本当らしく自分で絡み付いてくれないのは少々つらい。何度か抱え直しながら近くにあるという彼女の住処へと向かう。
しかし、このまま家まで行ってしまっていいんだろうか。怪我はないといっても二人とも中々の汚れてしまっているし、彼女の両親からみると危ないんじゃないだろうか。俺が。
どうしようかと考えていると、
「あそこ、あの青い屋根のアパートね」
なんてこった到着してしまった。
着いてしまったものは仕方が無い。
カツンカツンと金属製の階段を上り二階だという部屋を目指す。
てか、人おぶったまま階段を上るって結構きついのな、身体はこれでも鍛えているつもりだったんだが、もう少し筋トレメニュー増やすか・・・。
部屋の前に到着し彼女を背中からゆっくりと下ろす、両足でしっかりと立てたことを確認して身体が回復していたことに安堵した。
「ここまで運んでくれて、ありがとね。お兄さんにお礼しなきゃ」
「いや、いいよ。お礼もいらない。これからはビルから落ちないようにしろよ」
そういえば、こんなに会話していたのに彼女の名前を知らなかった。
まぁ、これから会うこともないだろうし今日のことはいつかの飲み会で使うネタとして記憶しておくか、なんとも濃い一日だった。
「いやいやお兄さん、家にあがってってよ。今ちょうど両親もいないし」
「はっ!?いや、それはちょっと」
おっと、まだ今日は終わらなかった。
これどんなボーナスステージだよ。
「お礼はまた別口でさせてもらうとして、ひとまずシャワー浴びない?」
「シャッ、シャワー!?」
これはお誘いされているのか!?
両親がいない女の子の家、あがってと誘われる、そしてシャワー。
マンガで読んだ事あるシチュエーションだ。俺知ってるぞ。
「お兄さん臭いし」
「そっすね」
・・・こんなことだろうと分かっていたさ。
俺はありがたくシャワーを借りるために部屋にお邪魔することにした。
「っだぁー、さっぱりしたー」
脱衣所への扉を開きながら清潔になった喜びを吠える。
残念だが野郎の入浴シーンは全カットだ。
たとえ3月といえどもちょっとした労働の後は汗だってかく、しかも臭い付きときた。
ここでシャワーを借りれたのはありがたい。
パンツを穿きながら、タオルでガシガシと頭をふくワザをやってみせる。
残る問題は脱いだスーツをどうするかということだが、明日も面接が残っているわけなのだがリクルートスーツの予備は持っていない。
どうしようか、クリーニングに出すといっても時間が無さすぎる。
あー仕方ない、大学の友達に借りるか。
近くにすんでいる友達に連絡すべくスマホを探すが、
「あれ?」
見当たらない。
おかしい、脱いだ服と一緒に置いておいたのだが、ついでにその脱いだ服も見当たらない。
「おいおいおいおいおい」
代わりに置かれていたものに口元が引きつる。
置かれていたものは体操服だった。
十中八九間違いなく、彼女のものだろう。
客人に代わりの服をと気遣いしてくれた結果がこれなんだろうが、二十二にもなる男に自分の体操服を出すというのはどうなのだ、嫌ではないのか?
案外平気だったりするのだろうか、自分の高校時代を思い出そうとしても男子校だったので全く想像つかなかった。
なんだかここまでくると長袖長ズボンなところが救いに見えてきた。
とにかくいい加減着ないと湯冷めしてしまう。
しぶしぶ袖を通してみると多少小さく感じるが着れないことはなかった。
鏡で確認するとげんなりした男が体操服を着ている。
ぶっちゃけ違和感が・・・ないわけではない。
このまま外に出ても高校生に見られるくらいには似合っていた。
いや、ほら髪も全部下りちゃってるからね、前髪ができてるから誰しも多少は若返るってもんだよね。
前髪が下りる程度でこの見た目に変わるのは余計に気分が下がる要因なのだが・・・。あまり考えないようにしよう。
しかし、スマホとスーツを置いていた場所に体操服を置かれているということは、そういうことなんだろう。
俺は変態なんかじゃないし、好きで着ているわけじゃない。否応なしでの行動だから仕方があるまい。
シャワーを貸してくれたことに感謝はするがさっさと帰ろう。
とりあえずは荷物を返してもらわねば、
「すぐに返してくれない気もするが・・・」
体操服に刺繍で縫われている名前の部分を見つつため息をこぼす。
名字は新島というらしい。
下の名前は分からないが、着替えは出してくれるが本人の許可無く荷物を移動させている時点でかなり癖のある人物だろう。
いや、癖というか変か、特殊な自論をお持ちであるようですし?
頑張れ俺、明日も元気に就活がある。
年上の余裕を持ちつつ服とシャワーの礼を述べ荷物を回収しスマートに帰ろう。
いざ行かん。妙な気合いを入れリビングへの扉を開けた。
「あっお兄さんおかえりなさーい。長かったねぇアイス食べる?」
俺がリビングに来たことにすぐに気づいた新島は今まで座っていたテレビ前のソファから台所へと消える。
テレビはちょうど夕方のワイドショー番組を流しており、芸能人の不倫騒動について薄っぺらいコメントをその番組に出ているゲストが垂れ流していた。
そもそもこのゲストは元は何をしていたんだっけか、お笑い芸人だったっけ?
どこかで聞いたことのあるような耳障りだけが良いコメントをBGMにしていると横から手が飛び出してきた。
「チョコかバニラ、どっちがいい?」
「バ、バニラ」
「おっお兄さんバニラ好きなの?いいねぇ」
ほい、とバニラ味のカップアイスを渡されて一瞬棒立ちになる。
いかんいかん早速流されている。
「ちょっと色々聞きたいことがあるんだけど」
「なーんですかー?まぁ、とりあえず座りなって流石に部屋の真ん中で仁王立ちは圧迫感があるし」
座るとこっていっても新島が座っているソファーくらいしかないのだが、まぁ分かってて言っていることなのだろう。
新島の隣のスペースに腰掛けると意外にも密着してしまい不覚にもドギマギしてしまう。・・・って俺は思春期かっての。
「で、お兄さん。とりあえずもう一度言わせてもらうね。ここまで運んでくれてありがとう」
ソファーに座ったままだが、律儀にもペコリと頭をさげる。
「俺ももう一度言うけど、構いやしないよ。こっちこそシャワー貸してもらったし助かった・・・アイスをいただいたら帰るとするよ、俺の荷物はどこ?」
「あぁ!お兄さんの荷物ね。着替えを持って行った時に場所とってたから勝手に移動させちゃってた。今持ってくるね」
新島はソファーから下り廊下へと続く扉を開け
「それにしてもお兄さん、思ってた以上に体操服似合うね本当に22歳?」
爆弾を落としていった。
ははっ、俺がどれだけ今までぼかして文章を書いてきたと思うんだ。
あまりぼやかせてはいない気もするが俺にはあれが精一杯なんだ。現実が追いつめてくるんだ。
に、してもさっきの言葉はいただけない。
一々反応する俺は大人げがないのかもしれないが、大人気なくて結構。心は傷つきやすいガラスの少年なんだ。
少々言い返してやらねば気が済まない。
「ははっ、その通り俺って結構童顔に見られるんだよね。その分立ち振る舞いに気をつけてるんだけどさ、新島さんも気をつけた方がいいよ?ヒーローごっこに憧れるものいいけど子供っぽいし、なにより・・・今更ダサいし?」
言ってやった言ってやった。年下の女の子に嫌み全開してやった、最後の方なんて微笑みつきで返してやったさ、紳士道なんてさっきのゴミ山に捨ててきてやったわ。
俺は内心大人気どころか人としてどうかと思うことを考えていて反応が遅れた。
いや、反応がなかった。
新島がまるでテレビでよく見るストップモーションのようにピクリとも動かなくなったのだ。しかし、テレビは俺を挟んで反対にある。
一体どうしたのだというのだ。
立ち上がって、扉のノブを掴んだままの新島の表情を覗き込んだ瞬間、俺は5秒前の自分を激しく後悔した。
あぁ、今日家に帰れるかなぁ。
覗き込んだ先は笑顔だった。
口角を上げ目を細めている。
元から整っている顔立ちだが、薄く微笑んでいるおかげで儚げな印象も加わり美しさに拍車がかかっていた。
しかし、瞳が何を映しているのか分からない。
底冷えしそうなその冷たさと口の中に残るバニラアイスの甘さが気持ち悪い。
ギギギと錆び付いた音が聞こえそうなぎこちなさで新島はこちらを向いた、もちろん笑顔はそのままで。
「ごっこ?遊んでいるようにみえた?ふざけているように?高校生にもなってって?」
「あ、いや・・・」
「お兄さんには私が何に見えた?」
まっすぐとこちらを見て問いかける。
それはしなりきった鋭い弓矢のようで、少しでも視線を外そうものなら射られてしまいそうだ。
「そうだね、そういえば聞いた事がなかった。今まで助けてきた人たちに」
「な、なにを・・・?」
「私は誰でしょう?」
って、と新島は笑った。今度は本当に、その笑みの中にはいたずらっ子のような面影を隠しているようでニコニコというよりかニタニタであった。
彼女が放った弓は見事真ん中に当たったようだ、まったくもって嬉しくない。
「それでですね、私が何を言いたいのかっていうと・・・」
あれから俺はソファーに再び座らさせられ、目の前には新島。
女子高生に腕組み仁王立ちされるなんてどんな状況だ。さっき圧迫感があると言った人間はどこにいったんだ。
どこからか羨ましいなんて声が聞こえてきそうにもなっているが、もう一度2人の、ていうか俺の服装を思い出してほしい。
体操服だ。高校の。新島の。
2人でおそろいおそろしい。
半分手の熱で溶けてしまったアイスがカップの中で泳いでいる。
「この世にはね、理不尽なことがたくさんあると思わない?」
「理不尽なことねぇ・・・」
「戦争や環境破壊、イジメや政治家汚職に給食に出てくる苦手なおかず。規模はあれど理不尽というのはいきなり突然または継続的に降り掛かってくるものじゃない?」
「確かに女子体操服をずっと着せられているのは理不尽だ」
「お兄さんに中々就職先が見つからないのも理不尽ね」
「それはほっとけ」
っていうかどこでその情報を俺は一言もそんなことは言ってないぞ。
いや、普通に格好みたら分かるから、私の周りにも就活生がいたから、お兄さんだけじゃないから。
「・・・」
さて、気を取りなおして。
「私はねその理不尽を取り除くヒーローになりたいのよ。」
「じゃあ、どっかのボランティア団体にでも入ったらいいじゃないか慈善事業し放題じゃないか」
「お兄さん?私の話聞いてた?私は理不尽を取り除くと言ったんだよ?」
何が違うというんだ。
「私はね子供が誤って手を離してしまった風船の代わりに新しい風船を買ってあげるんじゃなくて、誤って手を離してしまったという『理不尽』を無くしてあげたいの。だから立ち入り禁止のビルにも入るしゴミ山にも落ちるよ。手を離してしまったことを無かったことにしてあげたいの」
あのビル、立ち入り禁止だったのか・・・
しかし、その思考は
「危なくないか?」
「心配ありがとう」
慣れた調子で返させれてしまった。
きっと他の周りの人にも散々言われてきているのだろう。
だけどもきっと新島は自分はヒーローだと言い張っているということだ。
あーーーー・・・、とこれでもう何度目になるだろうか、
帰りたい。
新島はひょいと手の中のアイスカップを奪い取りながら、
「しかしそろそろ次のステップに行きたいとも思っているのよ」
「次の?」
「Step」
「流暢に言い直さなくていい」
「もう1段階Levelをupしたいなって」
突っ込まないからな。
なんだかよく分からない思考をよく分からない方向でよく分からなく進化させたようで、現状完全に巻き込まれてる自分としては
「だから、俺にどうしろと?」
これに尽きるのである。
「荷物を返して欲しかったら知恵を貸してちょうだい」
二つのアイスカップをに放り投げ、空中でばらけることもなくそのままゴミ箱の中に消えていった。
少し残っていたのに、このままでは虫の楽園ができてしまう。
「それ、悪役のセリフじゃね?」
「んふふふふ」
その時の新島の顔は確かに小悪魔だった。
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