Last Vision 未来に花束を

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 バス停は自宅から歩いて五分もかからない距離にある。待っているとほどなくしてバスがやってきた。乗り込んで座れる席を探したが一郎と同じく雨降りを見越した人が多いせいか空いている席はなかった。しかたなく車両の半ば付近まで歩いていき、そこでつり革に掴まりながらバスの揺れに身をまかせた。 「来週、美紀の誕生日でしょ」  一郎の立っている場所から少し後ろのほうの席に座っている女の子が隣の女の子に話しかけている。制服を着ているので中学生か高校生だろう。 「そうよ、プレゼント楽しみにしてるから」 「ちっ、聞くんじゃなかった。それはともかくとして十八歳になるんだからラブをやるの? 前にいってたよね」  彼女たちの言葉にあったラブという言葉に一郎は思わず聞き耳を立ててしまう。 「ラブってあんた、そんな言葉つかってるからおじさんって言われるのよ」 「えー、うちの家族みんなLVRのことラブっていってるよ。LVRじゃ言いにくいじゃん」 「ま、あんたが気にしないんならいいけど、ラブなんて死語よ、死語。それはそうと、LVRは誕生日が過ぎたら予約をとるつもりよ」 「勇気あるよね、美紀って」 「だって自分がいつ死ぬのかわかってたらやりたいことやれるでしょ」 「でも必ずわかるわけじゃないんでしょ」 「そうだけど、でも寿命だったらしかたないけど、交通事故とかで死ぬとかだったら防ぎようがあるじゃん。知ってたほうが断然得じゃん」 「うーん、そうだけどわたしは怖いな、自分の死ぬときの光景をみるってのは」 ――そうか、今の子たちは十八歳でLVRを受けるのか。と一郎は思った。  一郎が高校生だった頃はまだLVR(Last Vision Receiver)などなかった。仮にあったとしても十八歳になって成人としてLVRができる歳にそれを受けて自分が最後に見る光景を見る勇気があったかどうかといえばわからなかった。もっとも十代というのは三十代後半となった今の一郎と比べれば、後先考えないままに無茶なこともできる年代だ。だから今の自分の気持ちで十代のころを振り返っても本当に自分が高校生だった頃の考え方などわかるはずもなかった。  大きな病院であればどこでもLVRを置いてあるし、最近では個人病院でもLVRを置くところもある。二人の会話を聞きながら彼女がLVRを受けるのであれば一郎が務めている病院に来るかもしれないな、と一郎は思った。  やがてバスは駅のロータリに着き、一郎は押し出されるような形でバスを降りた。駅の改札をくぐってホームに上がるとしばらくして電車がやってきた。電車の扉が開くとホームにいた人々は吸い込まれるように電車に飲まれていく。一郎もその流れに身を任せる。職場に近づくにつれて自分自身が一郎という個人ではなく、仕事をするだけの別の存在に少しずつ変わっていくのを感じ始める。
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