Last Vision 未来に花束を

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 仕事を終えて病院を出ると外はもう暗かった。病院の敷地を出て駅まで歩いていく。少しずつ街灯が減り、あたりは暗闇に近づいていく。  暗闇のなか、一歩足を進める。遥か未来のことなどわかるはずもなかった。しかし遥か未来はわからなくても足元の一歩先は見える。夜の闇のなかであっても次に踏み出す場所は一郎にも見ることができる。見ることのできる一歩先。進むべき、あるいは進みたい方向は一郎にもわかる。そしてその方向へと向かうために次の一歩をどこに進めればいいのかも一郎には見える。  だから自分の見える一歩先だけを見つめて進めばいいのだろうと一郎は思った。  花でも買って帰ろうかと考えた。今まで買って帰ったことはもちろんのこと付き合っていたときでも花などあげたことはなかった。だから買って帰ったとしてもかえって逆に不審に思われてしまうかもしれない。駅前に花屋があったはずだ。いつもは素通りしていくだけだったが、まだ開いていたならちょっと店のなかを覗いてみようか。洋子は黄色い色が好きだったから黄色い花がいいかもしれない。立ち止まってスマホを取り出して黄色い花を調べてみる。この時期だとミモザの花がありそうだった。花言葉も載っている。 【秘密の恋】昔、インディアンの若い男女が愛の告白としてこの花を送ったことから生まれたらしい。  ――花言葉はそうか秘密の恋か。もう一度恋をしよう。そしてもう一度向き合おう。花束を渡しながらなら洋子の顔を見ることができそうだ。  黄色の好きな洋子のために、ミモザの花があればいいなと考えながら一郎は再び歩き出した。 終わり
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