Last Vision 未来に花束をのためのノート

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Last Vision 未来に花束をのためのノート

 『安楽死を遂げるまで』という本を読んだのがきっかけでこの話のアイデアが生まれました。  僕自身は今のところは安楽死を肯定しています。しかしそれは自分自身の人生のなかで安楽死という選択肢もほしいというだけで、家族がそれを望んだとしたらたたぶん否定するでしょう。でもそれでも最後は認めるかもしれません。  日本において安楽死は認められていません。『安楽死を遂げるまで』のなかでは安楽死を認めている国の話はもちろんのこと、日本で過去に起こった安楽死にも触れられています。  そこで日本で安楽死が認められるためにはどうすればいいのだろうかと考えてみたわけです。 1.耐えられない痛みがある。 2.回復の見込みがない。 3.他に治療方法ない。 4.安楽死の明確な意思表示ができる。  一般的に安楽死はこの四点を満たす必要があるとされています。  そこで、自分自身がいつどういう死に方をするのかわかることができれば安楽死の要件を満たすことができるのではないだろうかと考えたわけです。  そこからはもちろんフィクションの世界となります。  いつ死ぬのかを知るためには何らかの方法で未来の情報を手に入れなければいけません。いわばタイムマシンが必要です。 フィクションですからタイムマシンが可能になったとしてしまえばいいわけですが、タイムマシンが可能になるとなるとその応用範囲が広がりすぎます。そもそも安楽死が可能になっているかどうかも未来に行ってみればわかることですし、現在の医学では治療困難な病気であってもタイムマシンで未来に行ってしまえば治療可能になってしまうかもしれません。ということでタイムマシンの能力を制限する必要がでてきます。  あくまで知ることのできるのは自分自身がいつどんな死に方をするか、ということだけです。  そんな都合のいいタイムマシンなんてあるものかと思うかもしれませんが、その部分はあっさりと思いつきました。  死ぬ間際に、過去の思い出が走馬灯のように頭の中に浮かび上がってくるという話があります。実際に死んだことも、死の直前まで行ったこともないので本当かどうかはわかりませんが、これを利用してみたらどうかと思ったわけです。過去の思い出というのは記憶を意味しているわけですが、この部分を少し変えて記憶ではなく本当に過去の映像を見ている。つまり、死の間際に脳の中で過去の自分と時間を超えたつながりができるということです。そしてそれは未来から過去への一方通行ではなく過去から未来へも通行可能で、それを可能とする機械が開発されたという設定にしてしまいました。これだったら知ることができるのはあくまで自分自身の死の直前に見た映像だけとなります。  と、そこまでは順調でしたが、死の直前に見るわずかな映像だけとはいえ、未来の出来事を知るわけですからパラドックスが発生する可能性があります。ではこのパラドックスをどうやって回避させたらいいのかという部分で四苦八苦しました。いや本来は安楽死を可能にするためだけの目的ですからパラドックスに関しては触れないことで無視してもいいのですが、しかし安楽死が合法化された世界の話を書きたいわけではありません。安楽死を否定している主人公が安楽死を望んでいる人とどう対峙するかという部分を書きたいわけで、そうするためには死の直前の光景を見ることが可能になった社会というものを前提条件として書く必要があるわけです。なのでこの装置が社会の中でどのように使われているのかという部分も考えなければいけません。  当初はそのあたりで、基本設定の部分で試行錯誤していまして、例えば死ぬ日時をどのようにして割り出すかという部分などは死の直前なのでそこから得ることのできる情報は乏しいけれども、その乏しい情報を解析し可能な限り様々な情報を引き出すことを生業とする人たちがいて、主人公はその人の意識に同調して死の直前の視線を動かして他の場面を見させることができる能力を持つという設定なんかも考えていました。  そういう設定を残したままにしても面白いかもしれませんが、設定はできる限りシンプルにしたかったので止めました。  ボブ・ショウという作家の作品に『去りにし日々、今ひとたびの幻』という小説があります。光が通過するのにものすごく時間のかかるスローガラスというものが作られた世界を描いた話です。最初は意識していなかったのですが、どうも僕はボブ・ショウのようにある出来事が世界をどういうふうに変えていくのかという部分に興味があるようです。  なのでこの話も最後の光景を見ることができるようになった世界で、個人個人の人生がどう変化していくのかあるいは変化せざるを得なくなっていくのかということについて書いてみたくなってきました。そういうわけで書き方によってはもっとエンターテインメントよりの話にもっていくこともできたのかもしれませんが、そもそもが安楽死をどうしたら合法化できるかという部分からスタートしたので、非常に地味な話になりました。  設定に関しては本文の中では触れなかったことがらもあるので同じ世界でもう一作ぐらいは書くこともできるかなと思ったりもするのですが、書くことができるかどうかはわかりません。  LVRという自分が死ぬ間際に見た光景を過去の時点で見ることができる装置があったとしたら、世界はどう変わっていくか。  反社会的組織がこれを使うとどういう使い方をするだろうか。たとえばヤクザの鉄砲玉扱いの三下の視点での物語とか、男遍歴の盛んな女性が新しい男と付き合うたびにLVRで自分の未来を見てしまうという話とか、巨大複合企業が発展途上国での人身売買を絡めた陰謀とか、一卵性双生児だった場合は断片的にもうひとりのほうの未来を見てしまうことがあるとか、アイデアは出てくるんですけれどもね。  それはさておいてパラドックスの話です。いろいろと思案して結局、限定的に未来を変えることは可能というようにしました。  限定的というのはパラドックスを発生させるような変化は不可能であるという意味です。  主人公の側のエピソードは個人的な部分も含んでいますが含んでいない部分も多々あります。なのでフィクションです。  結末は二通りの結末を考えていまして、一つは今の形です。もう一つは主人公が安楽死を合法化させないために里中千穂を殺してしまうという結末です。結果としてはハッピーエンドのほうを選んだのですが、しかし、今の最終稿でも主人公が里中千穂と別れてから帰宅するまでの時間に何をしていたのかは描いていないので、主人公が里中千穂を殺して安楽死の成立を防いだという結末も成立する要素はあります。
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