一話 夢見る少女

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一話 夢見る少女

「美しいあなたに自由はない」  馬鹿馬鹿しい。しかし、事実であった。およそ十数年もの間、私はここに閉じ込められている。ここに連れて来られたのは六歳くらいの時で、今となっては外での記憶は曖昧だ。  かといって、ここでの生活が嫌というわけではなかった。望めば楽しい世界へ誘ってくれる本が現れ、出てくる食事はどれもこれも美味しく栄養バランスのとれたものだ。それに、衣服棚が歌いながら食器や家具が踊る光景もユニークで、何度見たって飽きることはない。だから、ここに住んでいてもある程度は幸せだった。ただ、一点を除いては。  ここに幽閉されてから人と接することがなくなった。寂しくて仕方がないのだ。誰か、私をここから連れ出して自由にさせてくれないか。鳥籠の中は寂しすぎるから。そう願うばかりの日々。  ガラスの靴と床が触れ合う度に部屋が悲哀で満ちる。歌う度に頬は涙で濡れていた。夕日を見る度に虚無感の意味を知っていった。  ここにある、唯一の出入り口である窓から手を出した。そこから見える景色は季節によって多少の変化はあるものの、奥まで森が続いているという基本的な部分は全く変わっていない。地上までは十メートルくらいあるだろうか。奇跡でも起こらない限り、無事に脱出することは不可能だろう。  微かに冷たい風が濡れた頬を刺す。ところどころ雪の残った樹々が春の訪れを示唆していた。私の春はいつ訪れるのだろうか。いつになったらあの空へ思い切り手を伸ばすことができるのだろうか。問う相手がいなければ返ってくる答えもなかった。  想像にだって限度はあり、恋をするにも人が必要だ。喜びを分かち合おうにも足りないものが多すぎる。悲しみを訴えようにも虚しいだけ。怠惰に生きるだけ。夢も希望もあるというのに、叶わないという現実だけが目に染みる。年頃の私には辛辣な現実だ。  喉に詰まった毒が少しずつ体内へ流れ込む。にがくて息苦しい。吐きたい。でも、口から出てくるのは唾液と悲嘆の声だけであった。 「誰か、私をここから連れ出してくれないかな。鳥籠の中は寂しすぎるから。夢が夢で終わる不幸な物語より、悲劇のヒロインとして終わりたいなんて強欲かな――」  物語に出てくるような爽やかで優しい青年にここから連れ出してもらう。そして、その青年に恋をするのだ。王子様と呼ぶに相応しい青年に。  大したものは何一つ持っていないから失恋したっていい。青春なんて捨てきれないほど余って行き場を失い、人生なんて痛みを恐れて浪費しながらずっと立ち止まっている。今の自分を変えてくれる人がここへ来てくれないかと願う。  誰にも打ち明けられない想いを乗せて、今日も歌う――
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