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赤い酒
普段は多忙で電話どころかメールすら送れない読めないが頻繁に続く親友が、珍しく仕事帰りに捕まり、親友の職場から徒歩10分の距離にあるバーに呼び出した。
店に入ると、白と黒の制服を着たウェイターが誠を出迎えた。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか」
「後からもう一人来る…」
「もう来ているよ」
言い終わる前に背後から声をかけられ、ぎょっとして振り向くと、そこには、酷く窶れ疲れ果てた顔の親友誠司が立っていた。
「よお」
「よお…二人で」
「畏まりました。こちらにどうぞ」
ウェイターの方に向き直って伝えると、ウェイターは、二人をカウンター席の端に案内した。並んで座るなり、誠司はどこか居心地悪そうに背後を見た。
「どうかしたのか」
「ん…個室席があるんなら…」
「個室席の扉をよく見ろ」
誠に促されて個室席の扉を見ると、<予約のお客様のみ>と書かれたプレートが掲げられていた。
「別に、人目を憚るような話をするわけでも無いんだから、カウンター席でもいいだろ」
「まあな…」
カウンター席の中にいたバーテンダーが、二人に水とメニューを差し出した。
「何を頼む?」
「あんまり強くない酒がいい…ジュースみたいな」
途端、誠は怪訝そうに眉間を寄せた。
「お前、どうかしたのか」
「え?」
「前は、隙あらばやたらと度数の高いアルコールばっかり浴びるように飲んでいたのに、ジュースと変わらない酒を欲しがるなんて」
「…おれは医者だぞ。そんな強い酒なんて、飲めるわけないだろ。緊急呼集がかかったらどうすんだ」
誠司は溜め息交じりに吐き捨てるようにそう言ったが、その声は、不平不満一色に染められていたわけではなかった。
「…あれだけ猛勉強してやっと医者になれて嬉しい、と素直に言ったらどうだ。照れ隠しだろ」
「……」
誠司は俯いて後頭部を掻いたが、その耳は真紅に染められていた。
「何にしますか」
カウンターテーブルの向こうからバーテンダーが尋ねてきた。
「ああ…」
メニューを開くと、様々な酒が写真付きで紹介されていた。
「…ストロベリー・ミルクと、ブラッディマリーを」
「畏まりました」
バーテンダーが下がると、誠司は誠に尋ねた。
「おれ、ストロベリー・ミルクも、ブラッディマリーも頼んでないぞ」
「おれのおごりだから、有難く飲めよ。お前がやっと医者になれたお祝いに、赤い酒を選んだんだよ」
誠司は一瞬驚いたように目を見開いて、それからはにかんだように微笑んだ。
「…有難う」
バーテンダーが酒を二つ持って来ると、誠司は桃色のストロベリー・ミルクを、誠は赤色のブラッディマリーを手に取った。
「「乾杯」」
2人は笑って一緒に飲んだ。
The End.
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