第1章 雪の四月朔日

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軽い吐き気は強い感情の流れからだ。唇を強く噛むとじわりと血が滲む。 鉄錆のように味が口の中に広がった。 「大丈夫か、八雲」 聞きなれた声に彼女が振り返ると、友人の姿があった。 彼、有栖川透(ありすがわとおる)は大学附属病院の医師で、八雲の幼なじみだ。 「なん、で……」 「鳴神(なるかみ)刑事に呼ばれたんだ。お前を呼んだからと」 八雲が吐き気と共に飲み込んだ「あなたがここに?」という言葉を察し、透が答えた。 黒髪に眼鏡の鳴神刑事は、八雲と透を警察の協力者として事件の現場に呼ぶことがある。 フラッシュバック様な形で過去を見ることが出来る、八雲の力を頼っているのだ。 一呼吸置き、八雲は再び首なし死体となった女性に目を向けると、手を合わせた。 彼女は何故死んだのか。雪降る中、声に出さずに問い掛ける。 (どうしてあなたは……) フラッシュバックで見た彼女は、色々思い悩んでいたようだが、死んでしまっては悩むことも出来ない。 頭部を持ち去られ、名前どころか顔すらわからない女性。 (あなたは誰なのですか?) 彼女の身元がわかるのは、まだまだ先のことになりそうだ。 「冷えるだろう。暖かいところへ行こう」 透に促されて、八雲は彼と一緒に公園内の駐車場に停めた警察車両まで向かう。 途中、雪に足をとられ滑りそうになりながらも、意地で踏ん張り、歩いていった。
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