第1章 雪の四月朔日

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透が来ること自体に異論はない八雲だが、毎回、彼に小言を聞かされることにうんざりしている。 「食事もとらずに倒れるまで仕事をする癖を直すなら、俺は何も言わないが」 透に食事のことを言われて、八雲は言い返すことができない。 食べると言う行為に興味がない八雲とは違い、透は栄養バランスの取れた食事を心がけているからだ。 「帰ったら食べますよ。少しくらい」 下手に反発するよりもそう答えるにとどめた八雲は、心の中でため息をつく。 窓の外に視線を向けると雪の勢いが強くなっていた。 「桜、咲き始めたばかりなのにな」 淡い色の花弁は風に揺れ、雪と共にはらはらと乱れ舞う。 雪の少ないこの町では、なかなか見ることの出来ない光景だった。 「私、桜の花ってあまり好きじゃないんですよね。学生時代を思い出しますし」 八雲は、ある事情から不登校になり高校は二年遅れで入学した。 勉強は苦手ではない彼女も、人付き合いはどうも苦手だった。 特に新年度の始まるこの時期は、クラス替えなどで環境も変わり、苦痛だったのだろう。 透は何も言わずに窓の外を行き交う警察関係者を眺めている。 公園の入口には野次馬とマスメディアの取材陣が押し寄せていた。 そんな彼らの様子を見ていると鳴神刑事が戻ってきた。 「被害者のものと思われる、切断された両腕が市内の川で見つかりました」 先程の呼び出しはその件についてだったらしい。 市内を流れる川に浮かんだ人の手と思われるものを見つけたと通報があったのは、公園で遺体が発見されてから二時間程たってからのことだった。 同一市内で別の切断された遺体が次々に見つかるとは考えにくいことから、警察は同じ女性の体の一部であると考えているようだ。
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