第1章 雪の四月朔日

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出血の跡がみられないことから、死後時間が経ち、血液が凝固してから切断されたのだと予想がつく。 被害者の身元をわからなくするため……なのだろうか。 「この三月に高校を卒業したばかりの女性……おそらく、大学か専門学校への進学が決まっている方でしょうね」 それは、真新しいスーツを見て八雲が直感したことだった。 下ろしたてのスーツは就職活動などで着られていたようではなく、社会人のようでもない。 制服で就職活動をして、勤め先の決まった新社会人の可能性もあると思うのだが、八雲の中にその選択肢はなかった。 首から上……頭部と両手が切断された、若い女性。 彼女を見ていた八雲の脳内に、不快なノイズが走る。 耳鳴りと吐き気に目を閉じると、制服姿の二人の少女の姿が見えた。 ――冷たい指先が喉に触れる。そのまま両の手で首を絞められた。苦しくなり酸素を求めて開いた唇から薄い吐息が漏れ、目の前がチカチカと明滅していく。 ――「どうして……どうしてわたしは幸せになれないのかな」 ――彼女は首をきつく絞めていた手を緩め、問いかける。答えを求めるように瞳を覗き込んだ。 ――「世界にはわたしよりひどい環境で生活している人がいる。食べる物も着る物も住む所もない人がいる。そんな人たちに比べたらわたしは幸せ? 満たされていることが幸せなら、わたしはもう幸せになっているのかな? わからない、わからないよ」 ――問い掛けなのか、独白なのか。その瞳は虚で。目の前すら見えていない様だった。 強烈なフラッシュバックに目眩を覚える。 八雲は何とか踏みとどまり、ゆっくりと目を開けた。
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