4人が本棚に入れています
本棚に追加
藤田忍は逃げていた。
暗い山の中を、必死で走り続ける。恐喝、暴行、窃盗、さらに強盗……この男はまだ二十歳なのだが、数々の罪を犯してきた筋金入りの極悪人なのである。
しかも、ついさっき刑務所を脱獄したのだ。
忍には、何もなかった。
幼い頃に両親は他界し、天涯孤独の身である。愛情を受けた記憶などない。欲しいものは全て、店のガラスケースの中もしくはテレビの画面の中だ。それらを買ってもらった記憶もない。
だから、忍は盗んだ。もしくは、力ずくで奪った。
そんな彼が、唯一持っているもの……それは自由だ。自由であることが彼の誇りであり、それを奪われることは我慢ならない。
だから、刑務所から脱走したのだ。
忍は、山の中を警戒しながら歩く。このあたりの地理は知らないが、大きな道路が近くにあるらしい。時おり、車のエンジン音が聞こえる。
耳をすませ、エンジン音の聞こえてくる方角に歩き出した。こうなったら道路に出て、車を奪う。まだ、脱獄には気づかれていないはずだ。明日の朝までは、看守に気づかれないだろう。
その時、罵声が聞こえてきた。少年のものらしき声だ……忍は一瞬迷った。人前に姿を晒すのは、明らかに危険である。
しかし、このまま山に隠れているわけにもいかない。あと数時間の間に、車と金を手に入れなくてはならないのだ。ここは、一か八かに賭けるしかない。
周囲を木に囲まれた空き地に人影がある。少年たちが、ひとりの女を囲んでいたのだ。
女は二十代の後半から三十代、Tシャツにジーパンという服装だ。しかし、少年たちとは明らかに人種が違っていた。さらに彼女は、震えながら下を向いている。
少年たちは薄笑いを浮かべ、じっと女を見つめている。
「お願いだから……娘だけは離してください」
懇願する女に、少年たちは下卑た笑い声を返した。
「はあ? ざけんじゃねえぞコラ」
ひとりの少年がそう言いながら、女の襟首を掴む。
「いいか、お前がトロトロ車を走らせてっからよう、俺らは迷惑したんだよ! その迷惑料を払ってくれねえかな!」
「そ、そんな……」
怯える女の前に、幼い少女が引きずり出されて来る。こちらは、まだ十歳にもならないような小さな子供だ。ガタガタ震えながら、女を見つめた。
その途端、女の表情が一変した。
「ま、待って! 娘には手を出さないで!」
「バカ野郎、俺らはガキには興味ねえんだ。ガキに教えてやろうかと思ってな……子供を作るやり方ってものを、よ」
別の少年が言うと、女は恐怖に満ちた表情で後ずさる。
「や、やめて……娘の前では──」
「だったら、お前の見てる前で娘をヤっちまうぞ。どっちがいいんだよ?」
少年たちの言葉に、女は震えながら頷いた。
「わ、分かったわ……その代わり、娘には手を出さないで」
その言葉に、少年たちはまたしても下卑た笑い声を上げる。だが彼らは、自分たちを観察している者の存在に気づいていなかった。
茂みの中に隠れ、忍は状況を分析する。相手は三人だが、大したことはない。不意を突いて襲えば、一瞬で叩きのめせる。
問題は母と子だ。出来れば顔を見られたくないが、先ほどの言葉は聞き逃せない。車があるなら、いただくとしよう。
ニヤリと笑い、忍は音も立てずに襲いかかった。
ひとりの少年が、不意を突かれ前のめりに倒れる。忍はさらに、思いきり腹を蹴り飛ばした──
他の二人は、突然のことにきょとんとしている。何が起きたのか、把握できていないのだ。女もまた同様である。
だが、忍の方は状況を完璧に理解している。残りの二人めがけ襲いかかった──
数分後、三人の少年たちは服と金品を奪われ、全裸で呻き声を上げている。かなり痛めつけたが、まだ死んではいない。もっとも、こんな奴らがどうなろうと知ったことではないが。
忍は、女の方をちらりと見た。こちらは、地面に尻餅を着いた状態でガタガタ震えている。娘も同じだ。
その時、かすかな違和感を覚えた。既に午後十時を過ぎているはずだ。なのに、この親子は何をしていた?
まあ、いい。見知らぬ親子の事情など知ったことではない。出会ったのが運の尽きだ。せいぜい利用させてもらうとしようか。
「俺の名は、藤田忍……怖い脱獄犯だよ。ところで俺は、あんたらを助けたな?」
言いながら、忍は女を見下ろす。女は、怯えた表情で彼を見上げた。
「助けた、な?」
忍はうめき声を上げている少年たちを指差し、顔を近づけていく。女は、慌ててウンウンと頷いた。
「助けてもらったなら、お礼するのが普通だよな。車で送って行ってもらえないか?」
忍は、女の運転する車の後部座席に乗り込み、ゆっくりと服を着替えた。それまで着ていた囚人服を、外に投げ捨てる。
「ど、どこに行くんですか?」
女が、声を震わせながら聞いてきた。
「とりあえず、あんたの家に連れて行ってくれ」
言ったとたん、女は首を横に振る。
「そ、それは駄目!」
「何でだよ……ああ、旦那さんいるのか。だったら、遠い親戚とか適当なこと言っとけ」
言いながら、忍は身を乗り出した。
「もしかして、家に帰れない理由でもあんのか?」
そのとたん、女の顔が歪む。何か隠しているのは明白だ。
「なあ、訳を言ってみろ」
忍の口調は静かなものだった。だが、その言葉の奥には暴力の気配がある。女は、観念したような表情で語り出した。
・・・
結城真理亜の夫である司は、一流大を出た商社マンだ。二人は学生の頃に出会い恋に落ち、やがて結婚する。
幸せな結婚生活を送っていた二人だったが、薔薇色の日々は長く続かない。やがて沙羅が誕生したが、彼女は生まれつき耳が聞こえず、話すことも出来なかったのだ。
若きエリートであった司にとって、それは我慢ならないことであった。自分の娘が、障害を持っている……司はそれを、真理亜の遺伝のせいにした。以来、ことあるごとに真理亜に暴力を振るうようになる。
ある日、司は帰って来るなり真理亜を殴りつけた。仕事で、不快なことがあったらしい。司は、真理亜の腕や腹などの目立たない部分を執拗に殴り付けた。
やがて、司は視線を感じ振り向いた。娘の沙羅が、咎めるような視線を自分に向けている。
「俺に文句でもあんのか!」
喚くと同時に、司は沙羅を蹴飛ばした。沙羅は腹を押さえ、その場にうずくまる──
「やめてえ!」
叫びながら、真理亜は飛びついた。他意はなく、純粋に止めるための行動だった。
しかし、その行動は思わぬ結果を招く。真理亜に飛びつかれた司は床に倒れ、頭を硬い置物に打ち付けてしまう。
夫の意識がないことに気づいたのは、しばらく経ってからだった。脈もなく、心臓も止まっている──
真理亜は恐怖のあまり、反射的に沙羅を抱き上げ車に乗り込む。ただただ、その場を離れたかったのだ。
しかし、幸運ならぬ不運の女神は彼女から離れてくれなかった。あてもなく山道を走っていた時、少年たちの乗る車に煽られてしまう。
・・・
「こりゃあ、間違いなく死んでるな」
家に入り込み死体をチェックした忍は、面倒くさそうに頭を振る。その時、あるものが目に入った。
「おい、なんだこいつは?」
言いながら、壁に設置されているガラスケースに近づく忍。中には、猟銃が飾られている。
「それは、主人の……」
「じゃあ、いただくとしようか」
直後に、忍はガラスを蹴り割った。中から猟銃を取り出し構える。
「これは頼もしいな」
言いながら、あちこちに狙いをつける忍。弾丸は込められていないが、引きだしを開けると入っていた。
その時、視線を感じ忍は振り向いた。見ると、沙羅が何か言いたげにこちらを見ている。
「ん、どした?」
尋ねたが、沙羅は首を傾げているだけだ。忍は、そばにあったチラシとペンを手に取る。
(なんか用か?)
書いたチラシを渡すと、沙羅も何やら書き始める。
(ままをいじめないで)
紙を渡す沙羅の表情は、真剣そのものである。こんな幼い少女が、母を心配して凶悪犯の忍に抗議しているのか……。
忍は、僅かな罪悪感を覚えた。紙に返事を書く。
(おれは、ままをいじめない。さっきも、ままをたすけたろ)
それを見た沙羅は、納得したようにうんうんと頷いた。その姿は微笑ましく、忍は思わず笑みを浮かべる。
「優しいのね」
不意に、真理亜が声をかけてきた。忍はうろたえ、目を逸らす。
「んなこと言ってる場合じゃねえぞ。まず、この死体を始末するんだ。死体さえ見つからなけりゃ、ただの行方不明だ。警察も、真面目に調べたりはしない」
「ほ、本当に?」
「ああ」
言った直後、インタホンが鳴る。真理亜は、不安そうな表情を浮かべた。体を震わせ、忍を見る。
忍は彼女に近づき、その手を握る。
「落ち着け。いいか、普通に対応するんだ……クールにいけ。あんたが逮捕されたら、誰が沙羅を守る?」
その言葉を聞き、真理亜は玄関へと歩き出す。扉を開け、無理やり笑顔を作る。
「はい、何でしょうか?」
沙羅の声は震えている。動揺を隠せていない。
「あの、我々は警察ですが……先ほど、免許証が落ちているのを見つけましてね。これ、あなたですよね?」
聞こえてきた声に、忍は顔をしかめた。これはまずい。恐らく、先ほどの少年たちとの乱闘の際に真理亜が落としたのだろう。
案の定、真理亜の態度が一変する。
「は、はひ!? そ、それは、その、あの!」
忍は頭を抱えた。もう駄目だ。ここまで挙動不審な人間を見逃すほど、警察は甘くない。なんだかんだ理由をつけ、家に入り込んで来るはずだ。そして、死体が見つかる。
こうなったら、裏口から逃げるしかない。真理亜は殺人犯として逮捕されるが、その騒ぎの間に逃げることが出来る。街に行けば、あとは何とかなるはずだ。
忍は向きを変えた。そのとたん、心臓が飛び出しそうになる。沙羅が、彼をじっと見ていたのだ。彼女は耳が聞こえないはずだが、状況を何となく察していたらしい。
沙羅は、またしても紙切れを渡してきた。それには、こう書かれている。
(ままをたすけてあげて)
忍は顔をしかめた。無視して裏口から逃げるのが、当然の行動である。
だが、彼にはそれが出来なかった。
「クソが……だから、ガキは嫌いなんだよ」
低い声で呟き、忍は行動を開始した。猟銃を手に取り、弾丸を込めた。
深く息を吸い込む。
「ちょっと入らせてもらいますよ」
声と共に、ドタドタという足音が聞こえてきた。刑事が家に入って来たのだ。
その瞬間、忍は猟銃を構えて飛び出した。
「てめえら! おとなしくしろ!」
叫ぶと同時に、猟銃を天井に向け発砲した。
銃声が轟き、天井に穴が空く──
「や、やめろ!」
「待て! 話し合おう!」
刑事たちは、慌てた様子で後ずさる。思った通りだ。こういう田舎町の警官は、荒事には慣れていない。ましてや、銃で武装した相手など、遭ったこともないだろう。
だからといって、容赦するつもりはない。忍は、凄まじい形相で叫んだ。
「手錠を出して、そこに置け!」
刑事たちが手錠を取り出すと、忍はさらに怒鳴る。
「お前らの、右手首と左足首にかけろ!」
刑事たちから拳銃や現金、さらにスマホなどを奪い、忍ら三人は車に乗り込んだ。真理亜が運転し、車は山道を進んでいく。
とはいえ、あてがあるわけではない。今の状況は絶望的だ。今ごろは警察が家に踏み込み、死体を発見しているはずだ。さらに、忍は顔を見られてしまった。
ひょっとしたら、もう脱獄がバレているかもしれない。
「あたし、自首する」
不意に、真理亜がぽつりと言った。
「はあ? ちょっと待てよ!?」
「このままじゃ、罪が重くなるだけ。そしたら、この子に会えなくなる」
真理亜は車を停めた。暗闇の中、彼女の表情は見えない。だが、その声はひどく暗いものだった。
「お願いがあるの。あの子を、守ってあげて。あたしの代わりに──」
「ふざけるな。子供には、母親が必要だろうが」
言いながら、忍は彼女を睨みつける。と、その表情が一変した。
「おい、あれは何だ?」
忍は、外を指差す。
そこには、奇妙な建物があった。周囲の豊かな自然とは不釣り合いな、けばけばしい外装と派手な看板が特徴的だ。なぜ、山の中にこんなものを建てたのだろうか。
「あ、あれは旅館よ……こないだ潰れたけど」
「とりあえず、そこに行こう」
ゴミが散らばり、虫がうごめく暗い廃墟の中で、三人は休んでいた。
「これから、どうする?」
不意に、真理亜が聞いてきた。
その質問に対する答えは二つ。ひとつは、この親子を見捨てて、ひとりで逃げる。この状況では、それが最善の策だ。
もうひとつは──
「藤田忍! おとなしく武器を捨て投降しろ!」
いきなり、外から声が聞こえてきた。それも大音量だ。と同時に、ライトのものらしい光が見えた。それも複数の光が。
忍は舌打ちした。まさか、こんなに早く居場所を発見されるとは……。
「どうするの!?」
恐怖に顔を歪める真理亜に、忍は静かな口調で言った。
「こうなったら、もう逃げられない。お前は、沙羅と一緒に警察に投降しろ」
「そ、そんなこと──」
「黙って最後まで聞け。警察に言うんだ。藤田忍に脅され、無理やり連れて来られたってな。後は、俺がなんとかする」
「なんとかするって、どういうこと?」
聞かれた忍は、視線を逸らし俯いた。外からは、サイレンの音と、大勢の人間の声が聞こえる。警官隊が集結しているのだ。
もう、絶対に逃げられない。忍は、ため息を吐いた。
「俺が、旦那を殺したと言うよ。全部、俺が被る」
そのとたんに、真理亜の体が震え出した。今にも泣きそうな顔で、言葉を絞り出す。
「そんなこと、出来ないよ。あんたに、全部おしつけるなんて……」
「バカ野郎! あんたが刑務所に行ったら、沙羅はどうなる? 独りぼっちになっちまうんだぞ!」
怒鳴りつける忍。だが、真理亜は首を横に振るばかりだ。涙を浮かべ、じっと忍を見つめる。
その瞳に、忍の決心がぐらつきそうになる。だが、さらに険しい表情を作り、彼女を睨んだ。
「沙羅を守ってやれるのは、この世であんたしかいないんだ。だったら、俺の言う通りにするんだ。いいか、人を殺したら刑務所に行くんだよ。前科が付いたら、この先ずっと苦労するんだ。普通の人生は、一生歩めないんだぞ」
忍は真理亜の肩を掴み、ゆっくりとした口調で言った。彼は知っている……今の時代、過去に犯した罪の記録はネットに永遠に残る。前科者は、死ぬまで前科者のままなのだ。
まして、真理亜は人殺しである。どんな事情があったにせよ、人殺しともなれば、ずっと偏見の目に晒される。
忍は真理亜を睨み、低い声で言葉を続けた。
「それだけじゃない。沙羅が、人殺しの娘と呼ばれてもいいのか?」
その言葉を聞いた瞬間、真理亜の目に涙が浮かんだ。彼女は顔をぐしゃぐしゃにし、泣き崩れそうになる……だが、忍はそれを許さない。
「もう一度言うぞ、あんたは何もしていないんだ。自宅で家族とくつろいでいたら、いきなり男が侵入してきて旦那を殴り倒した。男は猟銃と金を奪い、あんたら親子を人質として無理やり連れ出した……警察には、そう言い張るんだ。いいな?」
「そ、そんなの──」
「それしかないんだよ。いいか、俺は脱獄犯だ。どちらにしても、刑務所に逆戻りだよ。でも、あんたが刑務所に行ったら、沙羅は施設に入れられるんだ。あの子は、施設で人殺しの娘として差別され、いじめられる……挙げ句に、俺みたいな人間のクズになるかもしれないんだぞ。沙羅には、これから無限の可能性があるんだ。その可能性を、こんな下らないことで閉ざすな」
そう語る忍の表情は、不思議なくらい落ち着いていた。真理亜は、彼の顔をじっと見つめる。
ややあって、こくりと頷いた。
忍は笑みを浮かべる。
「そうか。だったら、さっさと行け──」
「待って。いつ頃、出て来れるの?」
不意に、真理亜が聞いてきた。忍は顔をしかめ、思わず目を逸らす。
刑務所から、生きて出られるはずがないのだ。もともと、強盗傷害で八年の刑を受けて服役中であった。ところが脱獄し、強盗殺人、誘拐、さらには警官への発砲……運がよくて無期懲役だ。いや、死刑の可能性の方が高い。
だが、こう答えていた。
「出るまでには、十年以上かかる」
「じゃあ、待ってる。沙羅と一緒に、ずっと待ってるから……」
「待ってなくていい。俺のことは、さっさと忘れろ」
言いながら、忍は沙羅を指差した。沙羅は不安そうな様子で、二人を見ている。
「ほら、沙羅が待ってるぞ。早く行け。後のことは俺に任せろ」
ややあって、そっと窓を開けてみた。
周囲は、既に警官隊に囲まれている。さらに、野次馬らしき者たちも群がっている。好奇心に満ちた目で、こちらにスマホをかざしている。
無性に腹が立って来た。猟銃を構え、空中に向けてぶっ放す。
とたんに、叫び声が聞こえてきた。さらに続けて、拡声器によるものらしい声も。
「君は、完全に包囲されている! 人質を逃がしたことは、判決の際に充分に考慮される! だから、銃を捨てておとなしく出て来なさい!」
その言葉に、忍は口元を歪めた。警察は、いつも同じだ。武器を捨ておとなしく投降したところで、自分の罪が軽くならないのは明白である。
何故、こんなことをしているのか……自分でも、よく分かっていなかった。偶然に出会った、よく知りもしない母子のために、とんでもないことをしようとしている。
赤の他人のために。
俺は、何をやってるんだ?
その時、妙なものを見つけた。床の上に置かれた紙切れだ。ノートの切れ端だろうか。何か書かれているのが、薄明かりの下でもわかった。
首を傾げ、その紙切れを拾う。
書かれている文字を読んだ時、顔が歪む。体が震え出し、何かを必死でこらえているかのように拳を握りしめていた。
「これだから、ガキは嫌いなんだよ……」
呻くような声で、忍は虚空に語りかけた。
やがて、体の震えが止まる。紙切れを胸ポケットに入れると、猟銃を手に部屋を出て行った。
外に出た忍を、ライトが照らし出す。
ニヤリと笑い、空に向けて発砲した。
「てめえら! 全員ぶっ殺してやるぜ! ヒャッハー!」
奇怪な叫び声を上げ、猟銃を撃った。さらに、もう一度──
その時、別の銃声が轟いた。警官隊の狙撃手のライフルが、火を吹いたのだ。
銃弾は、狙い違わず忍の頭を貫く。彼は痛みを感じる暇さえなかった。痛みを感じる前に、銃弾が脳を貫いていたのだから。
その死に顔は、実に穏やかなものであった。
・・・
このニュースは、あっという間に広まっていった。少年刑務所を脱獄し、さらに住居侵入に強盗殺人、その後に猟銃を奪い人質を取り逃走……挙げ句に射殺。世間の注目を集めるには充分であった。
そんな稀代の凶悪犯である藤田忍の死体を、検死官たちが注意深くチェックしている。持ち物は全て、証拠品として刑事たちに渡した。
ひとりの検死官が、忍の胸ポケットに手を入れた。何か入っている。
中から、折り畳まれた紙を取り出した。検死官は首を捻り、紙を開いてみた。
そこには、下手くそな字でこう書かれていた。
いっぱい ありがとう
おおきくなったら およめさんになってあげる
最初のコメントを投稿しよう!