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3、遊びと幼馴染
サフランを出るとすでに陽は落ちていて、アーケードの街灯が商店街を照らしている。
人通りは少なくサラリーマンの帰宅時間も過ぎていて、多くの商店がすでに店を閉めていた。
夜中まで明るい場所だったが、深夜営業の店がこの商店街にはほとんどない。
夫を亡くした未亡人の営むスナックがあるくらいで、クラブなどといった陽気な店は、駅裏のごく一部の地域にしかなかった。
「ねぇねぇ、おれすごい似合ってない?」
「似合ってるよ、よかったな」
無人の商店の前を通ってガラスに写る自分を、遊太は過ぎる合間に何度も確認していた。
始めてみる彼の派手めな髪を見て、昔からの間柄なのに違和感はない。
外国人風な雰囲気もよく似合っていると思う。何度も確認する遊太に、同じように何度も頷いて見せた。
「真兎も印象変わったな」
遊太は数歩先まで走って俺の前に出ると、後ろ歩きをはじめた。そのまま背後を気にすることもせず、向かい合ったまま進む。
「すっきりしたかな、なんかスカスカするけど」
首の後ろを撫でても、手にはもう絡み付くものがなにもなかった。
「いいじゃん、おれすごい好きだよ」
「そりゃどうも」
「真兎っ」
いきなり遊太が立ち止まり、俺は危うくぶつかりそうになる。
寸前のところで留まって、少し上の目線にある顔を見上げた。
すぐ目の前には遊太の見慣れた顔があって、後ろに避ける余裕もなく、重なる唇を受け入れる。
それを拒むこともしなければ、はね除けることもしない。
しばらく触れあって、離れることのない遊太に、しびれを切らした俺は自分から終わらせる。
けれど離れたさきからまた追いかけて来て、今度は手をついて遠ざけた。
「っおい、いつまでやるつもりだよ」
「ああ、ごめん。ついつい」
「ついついじゃないだろ、見られたらどうすんだ」
何事もなかったかのように笑う遊太から目線を外して、自分達の周囲をぐるりと見渡した。
「平気だって。誰もいないからしたんだし」
言われたとおり人一人いない商店街は、しんと静まって俺を安心させる。
「あんまり外でするなよな」
「わかった、隠れてするよ」
「おい」
俺たちには昔から周りに隠れてやる“遊び”がある。
人前では決してやることはないし、その“遊び”を始めるのは必ず遊太からだと決まっていた。
一番最初にその遊びをやりだしたのは中学の頃だ。
部活はサッカー部がない代わりにフットサルをやっていた。
見学に行くのも遊太と一緒で、すぐに入部届けを出した。
一年のうちは試合などほとんど出させてもらえない。それが二年に上がると人数がぐんと減って、下手でもほとんどの試合に全員が参加した。
授業でもフットサルをやることになって、遊太は派手なプレーで女子を湧かせた。
そんな目立つことをすると、告白なんてイベントが発生する。
遊太が同じクラスの子に呼び出された日、俺は放課後その遊太に呼び出された。
家に来てほしいと言われれば行くに決まっているから、店に荷物をなげて直ぐに出向いた。
すると遊太は告白されたから付き合うことにしたという報告をして、いきなり俺にキスをさせろと迫ってきた。
理由を聞けば、今のうちに練習をしておきたいのだという。
俺は呆れて最初は断ったが、下手だと思われたくないとか、失敗したくないだの食い下がろうとしない様子に折れてしまった。
それから事あるごとにキスをしようとする遊太だったが、結局本番を迎えることなく彼女とは別れたらしい。
しかしなぜだか俺にキスをするのをやめない。
いい加減やめろと言うと、癖になったと訳のわからないことを言い出して、次に彼女が出来るまでと勝手に条件をつけてきた。
ついでに一回につきジュース一本をおごるとも付け足して、俺はしぶしぶ了承してしまったのだ。
最初のうちは少し抵抗もあったのに、一年も続けるとそれが気にならなくなる。慣れとは恐ろしいもので、暑い日なんかは俺が口実を作ってジュースをおごらせたりもした。
今ではそれが普通になって、人目がつかないところならどこでもキスをする。
結局遊太にはそれ以降彼女もできていないし、俺にももちろんいない。
すぐに終わると思っていた遊びが尾を引いて、ずるずると今の今まで続いている状況だ。
お互いの事が嫌いではないのはわかっているし、飽きた遊太がいずれやめるだろうと、それまで俺は何も行動を起こさないのだと思う。
今のようにしつこいときは、突き放さなければ調子にのるだろうが。
「明日は真兎、何限から?」
「俺は一限、遊太は?」
「おれは二限からなんだ、別々だね」
同じ大学に通ってはいるものの、授業までは必修以外あまり被らなかった。
そのため遊太は一限の授業がほとんどないようで、朝はゆっくりできると喜んでいた。
狭い商店街は、散歩には向かない。
サフランから少し歩けば、もう富士屋の看板が目に入る。
そうすればそのすぐ目の前は俺の家だ。今でも一階の店内からは、閉められたブラインドの隙間をすり抜けて明かりが漏れ出ていた。
「じゃあな」
「ああ、またな」
名残惜しいなんてことはない。
いつものように家の前に着けば、お互いの顔も確認しないで、背を向けて帰るだけだった。
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