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呼吸を整え、扉を叩く。
「失礼します、オースギの紹介で来たノルトと申します」
「ああ、話は聞いてます。中へどうぞ」
帰ってきたのは想像していたより柔らかい声だった。いや、柔らかいというよりも、幼いといった方が正しいだろう。
あっさりと入室を許されたことに拍子抜けしながらノルトは扉を開ける。
「お待ちください!その部屋は……!」
「王女様が入れと言ってるんだから問題ないだろう」
その瞬間、部屋の中からむわっとした熱気を感じた。
「……!?なんだこれは!?」
「と、扉はすぐに閉めてくださいよ……?」
声の在り処を探すと、ノルトは更に信じられないものを見た。
まず目に入ったのは、大きな窓だ。南向きに作られたそこからは昼下がりの太陽の光が降り注ぎ、部屋を暖めている。
そして、部屋の中心では白銀の美しい髪がその光をうけて宝石のように輝いていた。しかし、その頭の位置は不自然に低い。
そして、その髪の主は振り返って口を開く。
「……あの、扉、閉めて欲しいんだけど……温度が下がると調整が大変なんだよね」
「ゆ、床に直接座っているのか……?」
あまりの驚きにノルトは内心をそのまま吐露してしまう。すると少女は何故か嬉しそうにはにかんだ。
「やっぱり近くで見ないと変化に気づきづらいんだよねぇ……えへへ、楽しみだなぁ、いつ開くのかい?ステーシー」
恐る恐る少女の手元を覗き込むと、そこには毒々しい色の蕾を沢山つけた植木鉢が置かれていた。
見れば、部屋中のあちらこちらに同じような鉢がたくさん置かれている。
「サナリア様!ご無事ですか!」
駆け込んできたツィニカにノルトは端的に告げる。
「……ツィニカ、王女を名乗る不審者がいるぞ。今すぐ追い出そう」
「ふ、不審者!?まさかボクのこと!?」
「当然だろう!貴様以外に誰がいる!」
うろたえた様子の少女にノルトは指を突きつける。
「その髪!邸内とはいえ上流階級の子女が結いも編みもしないなどあり得ない!その服!生地は高級品だが仕立ては室内着にしても簡素すぎる上、あちらこちらに汚れがついている!おまけによく見れば袖丈も合っていない!」
「ひ、ひぇぇ……」
怯えた様子の少女に構わず、ノルトはまくし立てる。
「そして何よりその振る舞いだ!床に座り込んで汚い鉢を抱えて薄気味悪く笑うなど、そんな妖怪みたいな存在が王女であるものか!」
「き、汚いぃ?この可愛いつぼみが見えないの?ここまで育てるのには土壌の厳選からしたんだよ!?」
「土壌でもウナギでも俺の知ったことか!さっさと王女に会わせろ!」
「ツィニカぃ……この人なんなんだよぉ……」
少女はノルトから距離を取るように壁際へあとずさり、すがるようにツィニカを見上げる。
「ノルトさん、突然のことに動揺する気持ちは分かりますが……」
「俺は冷静だ!」
「話を聞いてください!この方は正真正銘サナリア様で間違いありません!」「なんだと!?」
「確かに御髪にも衣装にも頓着なさらないうえ、私室にまで妙な植物を持ち込まれては一日中それを眺めている奇矯な方ではございますが、それが王女サナリア様なのです!」
一息に言い切ったツィニカが大きく息をつく横で、ノルトは言葉を失っている。
「申し訳ありません、サナリア様……本来ならお会いになる前に私のほうから事情を説明しようと思っていたのですが」
「いいよ別に。それよりいい加減扉を閉めてくれないかな?」
サナリアは既にこちらに興味を失ったように背を向け、鉢植えを持ち上げては様々な角度から眺めまわしている。
「これが……王女……?」
「そうです。あなたにはこれからサナリア様の筆頭使用人として働いていただきます」
「……なるほど、植物おたくの引きこもりの王女とはな。道理で城下に噂が流れないわけだ」
「の、ノルトさん!それは……!」
「……なんとでも言えばいいよ。挨拶がもう終わったなら出てったら?」
サナリアの声は平坦で、そこには何の感情も読み取れなかった。
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