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知らされなかった事実
ノルトが屋敷に来てから数日がたった。最初のうちは、部屋の場所やするべきことを覚えるのであっという間に時間が過ぎてしまった。
「たった数日ですが随分お屋敷の中が片付きました!おかげで私も気持ちよく仕事ができます!」
「いや、まだ手を付けてないところばかりだ。それで今日の午後の予定だが……」
上機嫌なツィニカに買い出しを頼もうとしたその時、使用人部屋の扉が突然開かれた。
「よう、邪魔するぜ」
「ちょっとアイバー、ノックくらいしなよ!」
入ってきたのは、長髪の軍人風の男と上質な服を着た華奢な少年の二人組だった。
「く、クロディオ様!どうしてこんなところへ?」
「お姉さまのところに新しい筆頭が来たって聞いてね、あいさつに来たんだ」
「お姉さま?あの王女の弟ってことは……」
「王位継承者第2位のクロディオです。よろしくね。こっちはボクの筆頭使用人のアイバー」
アイバーと紹介された男はノルトをじろじろと見まわす。
「……ノルトです。どうぞお見知りおきを」
「なんだ、随分貧相なやつが雇われたもんだなあ?大丈夫かよ」
「……それが王家の使用人の挨拶ですか?勉強になるな」
「こら、アイバー!失礼だろ!」
クロディオは柔らかそうな金髪を振り乱し、慌てたようにアイバーをたしなめる。この少年が王子なのだろうか。
「叩き上げの根性あるやつだって聞いてたから少しは楽しめるかと思ったが、こりゃあ決裁闘(けっさいとう)の儀も楽勝だな」
「決裁闘?何のことだ?」
「なんだぁ?聞かされてすらねえのかよ」
アイバーはため息をつき、億劫そうに説明を始める。
「今の王様はご高齢だろ?そろそろ後継者を正式に決めなきゃならん。で、王位継承者の第1位と第2位に争わせて跡継ぎを決めるしきたりがあるんだよ」
「それは聞いたことがあるが……危険が大きすぎるという理由でずいぶん前に廃れたのではなかったか?」
「えーっと……それは表向きで、実は筆頭使用人同士が主人の誇りをかけて戦うっていう形式は残されてるんです」
「……なんだと?」
「形式上だから真剣は使わないとはいえ、勝ったほうが王位を継承するってのは変わらねえ。より優れた使用人を持つのが優れた主だっつーことだな」
「ノルトさん、まさかオースギさまから聞かされていなかったのですか?」
「ああ、何も」
クロディオ王子は呆然とするノルトを見つめ、眉を下げてほほ笑む。
「お姉さまが王位などにこだわらない方だというのは知っています。けれど、儀式を放棄するには寺院に出家して世俗を捨てるしか道はありません。若いのにそれではあまりに可哀そうだ」
「そのうえ寺院じゃ護衛も付けられねえ。お前のご主人様は勝つ気はないだろうけどよ……舞台に上がってくるのは損にはならねえだろ」
アイバーは枯葉色の長髪をかきあげてノルトを見下ろし、少し口の端をあげる。
「まあ本気でやっても勝負にはならねえだろうけどな?」
「……アイバー、何度も言わないと分からないのかな?僕は無駄なケンカを売ってくれなんて頼んだ覚えはないよ」
王子がアイバーに向けた視線はそれまでの柔らかな物腰からとは違い、ずいぶん冷たいもノルトった。
「へいへい。じゃあな、筆頭さん」
「ボクの使用人が失礼しました。でも、決裁闘に関して述べたことはすべて事実です。……形式上とはいえ、誇りをかけた勝負に負けるつもりはありません。それでは」
そして二人は部屋を出ていった。残されたノーダは呆然と立ちすくむ。
「……あれが王女のライバルなのか」
「ええ。品行方正で国民からの人気も厚いうえ、サナリア様のことも気にかけてくださいます。表の兵士もクロディオ様の指示で護衛しているのです」
「対立している相手の護衛だと?それでは暗殺でもなんでもし放題じゃないか!」
「そんなことをしてもクロディオ様に利益はありませんよ。王位は既に決まったようなものですから」
「……確かに。決裁闘などやる意味はあるのか?」
「あの長髪のいう通り、誇りをかけたもの以上のことはないでしょうね……それと、少しはサナリア様のためにもなります」
「出家が云々という話か?」
「ええ。寺院の生活は厳しいものです。現在のサナリア様のような気ままに植物を愛でる生活はとてもできないでしょう。安全面でも不安なものです」
「戦うだけ戦って適当に負けるのが一番というわけか。それで、儀式はいつなんだ?」
「その……すみません、落ち着いたら話そうと思っていたのですがバタバタしているうちにすっかり機を失って……」
歯切れの悪いツィニカにノルトはため息をつき、答えを促す。
「もう今日はさんざん驚かされた。今更一つ増えたところで変わらんから正直に言ってくれ。どうせもう半年もないんだろう」
「……2週間後です」
ノルトは息を吸い込み、何度目かの驚きを口にする。
「なんだと!?」
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