衝突

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衝突

 様々なことを立て続けに知らされて混乱していたが、それでも仕事は待ってくれない。一晩明けていつも通りの雑務を片付け、ノルトはサナリアの温室の掃除へ向かっていた。 「……ねえ、昨日はクロディオにも会ったんでしょ?」 「ああ。王女とはその……ずいぶん印象の異なる方で」 「ああ、母親が違うからね」  それは何気なく言われた一言だったが、ノルトを気まずくさせるには十分だった。 「……外見的な意味で言ったわけではないのだが」 「うん、分かってる。ボクのお母様は側室でクロディオは正妻の子供。だからあの子は堂々としてるし、王子らしい態度でしょ」 「……まあ、そうだな」 「誰が見たってそう思うよ。だから決裁闘なんてやらずにクロディオが継承すればいいのに」 「……」  実際ノルトもそう思う。目の前で背を丸めて土いじりをしている少女が国政に向いてるとはとても思えない。 「だが、出家でもしない限り放棄はできないんだろう?」 「出家でも構わないんだよ、ボクは。……それなのに向こうが勝手に『若い身空で出家なんてあんまりだ』とか言ってくれちゃって、お父様もその気になっちゃってさあ……」 「……そうか」 「誰もボクのことを本当に考えちゃくれないんだよ……ボクは静かに暮らしたいだけなのにさぁ」  『だけ』という物言いに少し心がささくれ立つ。この少女が享受している暮らしにどれだけの財や人手が注ぎこまれているか、考えたこともないのだろう。仮に出家するとしても、その先は貴族出身が集うような寺院だ。厳しい聖職者のような生活などあるわけがない。 「本当にうらやましいご身分だな」  つい思ったことが口に出る。悪い癖だと自覚はしているノルトが、この少女の前ではどうも抑えられない。 「……どういうこと?」 「文字通りだ。あんたは明日の飯にも困ったことがないんだろうな」 「な、何が言いたいんだよ」 「『静かな暮らし』を成り立たせる人間がどれだけ苦労しているか考えたことはないのか?言っておくが俺とツィニカだけじゃないぞ」 「べ、別にボクがそうしてくれって頼んだわけじゃないし……」 「そうだろうな。恵まれた奴らはいつだってそういうんだ」  こんなのは八つ当たりに過ぎない。頭ではわかっていてもあふれ出した言葉は止まらなかった。 「……じゃあいいよ。ボクの手伝いはどうでもいいから出てって」 「それはそれは、王女様のご厚意で俺も少しは楽ができるというわけだ。ありがたく次の仕事にかからせてもらうとしよう。もちろんこの土埃の掃除だが」 「っ……!ボクが必要ないって言ってるんだからやらなければいいじゃないか!」 「あんた、この屋敷がどれくらいの広さがあるか知らないのか?たかが一部屋掃除しなかっただけで何の意味があるっていうんだ」  意味がないのはこの説教のほうだ。王女が心を動かされるとも思えないし、そうなったところでノルトには何の得もない。それなのに、どうしても言わずにはいられなかった。 「屋敷どころか部屋の外にすら出てこず何も知ろうとしない、だから引きこもりのサナギ姫なんて言われるんだ」  それを告げた瞬間、サナリアの顔色は劇的に変わった。持っていたスコップを力任せに土に突き刺し、ノルトをにらみつける。 「お、お前になんかに何がわかるんだ!い、言われなくても知ってるんだよ!ボクが馬鹿で引きこもりで誰にも期待なんてされてないことくらい!」 「なんだ、今度は癇癪か?まるっきり子供じゃないか」 「うるさい!出ていけ!」 「……っ!?」  それこそ幼い子供が駄々をこねるように、サナリアは手元の土を掴み、ノルトに投げつけた。  あまりに幼稚な振る舞いと自らの放った言葉に呆然としていたノルトは、土塊を思いきり顔面で受け止めてしまう。  やってしまった後で自身の行動に驚いたのか、サナリアは青ざめた顔をしていたが、無理に笑おうとするように口の端を上げて見せた。 「その顔、へ、へへ……平民風情には、御似合いだよ」 「そうか。……結局はあんたもそっちの人間なんだな」  ノルトは立ち上がり、執事服の袖でぐいっと顔をぬぐった。 「俺を首にするならそうすればいい」 「……そうしたらまたツィニカが困る。ボクは嫌がらせをしたいわけじゃないんだよ」  サナリアはうつむいたまま汚れた自分の手を見つめている。 「辞めさせる気はないからさ、これ以上ボクに関わらないでよ……お願いだから」  ノルトは黙って廊下へと続く扉を開け、部屋を出た。冷たい空気によってさっきまでの熱気が嘘のように冷めていく。扉を閉める直前、押し殺したような嗚咽が聞こえた気がした。
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