過去からの招待状

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 冰は国内では有数といわれる程の財閥の御曹司として生まれたが、母親が妾だったことで、親元で暮らすことは許されなかった。彼には腹違いの兄がいて、名を菊造(きくぞう)といった。――つまりは本妻の嫡男であるわけだが――その菊造から、父親を奪った妾の子供という理由で疎まれ、慰謝料と称して毎月多額の現金を要求されていたのだ。  その工面の為にホストという仕事に就いたものの、通常の稼ぎだけでは到底足りずに、苦渋の末に選んだのが同性相手に色を売るということであった。  菊造からの金の無心は容赦なく、冰にはこの高瀬の他にも身体を売っていた男性客があったが、彼らの殆どは冰が現役を引退したと同時に綺麗さっぱりと縁を切ってくれた者ばかりだった。つまりは相手側にとっても、ひと時の遊びであったということだろう。それは苦い過去を思い出したくない冰にとっては、たいへん有り難いことでもあった。  高瀬はそんな客たちの中の一人だったが、正直なところ、当時から冰はこの男が苦手だった。理由は彼の性癖が少々変わっていたからだ。  高瀬は、最初の頃こそ非常に紳士的に接してくれていたものの、関係を重ねるにつれ、次第に本性を見せ始めていった。  騙し討ちのようにして淫猥な薬を盛られ、一晩中嬲られたこともある。縛られて恥ずかしい格好をさせられ、それを満足そうにニヤニヤと凝視されたり、時には強姦(レイプ)まがいのプレイがしたいと言い、手加減はしつつも殴られたりしたこともあったくらいだ。  だが、金の面だけは糸目を付けずに、他の誰よりも高額で買ってくれるこの男と縁を切ることも出来得ずに、当時は酷く苦しんだものだった。  身震いのするような苦い経験であったが、ホストを引退し、代表に就任してからはパッタリと連絡も途絶え、冰の中では既に過去の思い出したくない記憶として、引き出しの奥底にしまったはずの終止符であった。
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