未来への招待状

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 やはり自分にはあの店を背負って立つ資格はないのだろうか、そんなふうに思ってもいた。氷川の言うとおり、彼の傍でのみ生きていくことが一番いいのではなかろうか。無論、彼に囲われるような形で養われて過ごすのは、男としては面目のないことである。だが、”仕事”という形ではなくとも、自分にできることが何かあるかも知れない。例えば氷川の為に彼の身の回りの世話をするでもよし、精神的な癒しになるもよし、それはまるで世間で言うところの”嫁”のような立場になるのかも知れないが、それもまたひとつの幸せの形なのかも知れない。  両親の元で暮らすことを許されなかった自分を引き取って育ててくれた香港の黄氏が亡くなった時に、住み慣れた地を離れ、単身でこの日本にやって来た。一目でいいから会いたいと願った父に会うことは叶わず、腹違いの兄である菊造から金を無心され、途方に暮れるようにして入ったホスト業界だ。頼るところのなかった自分をあたたかく受け入れてくれたxuanwuという店が、冰にとっては家のようであり、そこで一緒に働く仲間たちは家族さながらだった。  そんな店を離れるのは、やはり寂しい。できることならずっとここで働いていたい。そんな葛藤の中、冰は代表を辞する考えを、今日この場で氷川に告げる心づもりでいたのだった。  別荘のテラスで少し遅めの昼食を囲む。  竹林に囲まれた萌ゆる緑を縫って、初夏の日射しがキラキラと輝きを見せている。  和やかな会食が済み、食後の珈琲が運ばれてきた時、冰は思い切って話を切り出そうとした――その時だった。
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