忍び込め!

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忍び込め!

 放課後。夕暮れ色に染まる廊下の隅を、私は一人歩いていた。 時々柱の影に隠れては、辺りを注意深く見渡す……よし、誰もいない。 「珍しい猫じゃらしを探すのはまた今度だ」  そんなことを一人呟いてから、千佳子はゴクリと喉を鳴らした。 放課後のチャイムが鳴るや否や、美保からは「早くマックに行こうよ!」と急かされた。 それを私は猫のような身のこなしで軽々とかわし、今こうやって目的の場所へとやってきたのだ。  細心の注意で辺りに誰もいないことを確認すると、千佳子は綺麗に爪が切られた指先を、そっと扉へと近づける。  この時間、この場所に誰もこないことは知っている。だから、今こそが一番のチャンス……。  思わず緩みそうになる口元をきゅっと力を入れて結ぶと、千佳子はこっそりと扉を開けていく。 つい数時間前に来たばかりの教室が、その姿を少しずつあらわにする。  猫一匹……いや、人間一人が通れるくらいまで扉を開くと、私はさっと逃げ込むように中へと入った。  誰もいない理科室。窓から差し込む暖かい陽光が辺りを満たし、お昼寝するにはちょうど気持ちが良さそうだ。……でも、今日はそれが目的ではない。 もっと大切なことが、私を待っているのだ!  千佳子はそっと扉を閉めると、息を潜めて目を細める。  教室の隅。窓際近くに置かれた小さな水槽。 静かな空間に、ブクブクと泡が生まれる音だけが聞こえてくる。 授業中よりも少し暗くなった空間がそう見せるのか、水の中を踊るように泳ぐ小魚たちが、よりいっそう輝いて見えてしまう。  ゴクリ。  我慢できなくなった喉が、思わず大きな音を鳴らした。  抜き足、差し足、忍び猫足……  音も立てずに獲物に近寄ると、千佳子はピタリと水槽のふちに両手を置いて中を覗き込む。 最初から逃げ場を失っている小魚たちが、まるで見えない出口を探すかのように水中の中を激しく泳ぐ。  そんな光景が、人間の姿に化けた千佳子の中にある、別の本能を刺激した。
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