忍び込め!

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「一匹ぐらいなら大丈夫なはず……」  そんなことをぼそりと呟くと、返事をするかのように自分のお腹がぐうと鳴る。 それを合図に、千佳子はほっそりとした右腕をあげると、熱帯魚たちが暮らしている世界へと指先を近づけた。 本当はパシャリと勢いよく獲物を捕らえたいところだが、人間であるがゆえ、無様な証拠を残すわけにはいかない。 出来るだけ慎重に、誰にもバレず、任務を遂行させなければいけないのだ。 「今日は最高のおやつが食べられるぞ」  にししし、と猫ならではのイタズラ好きな笑みを浮かべて、千佳子は指先を水中へと入れた。 ひんやりとした感覚が右手から伝わると、息を殺して狙いを定める。 水の中を泳ぐ、虹色の魚。そやつらがついに私の手のなかに…… 「望月、こんなところで何してんだ?」 「にゃっ!」  突然背後から声をかけられ、千佳子は慌てて腕を引き抜こうとした。 が、その瞬間、動揺した心のせいで、右手を勢いよく水槽にぶつけてしまう。 「危ない!」と振り向く間もなく聞こえてきた声に、彼女は思わずぎゅっと目を瞑った。 すると何者かに左手を掴まれ、そのまま身体が後ろへと引っ張られる。  ガシャン!  強烈な炸裂音が、静寂に包まれていた空間に大きなヒビを入れた。 ガラスが砕ける音。水が飛び散る音。それらが千佳子の耳に一斉に届き、失態という感情となって心の中に広がっていく。  千佳子は、恐怖のあまり目を開けることができなかった。  魚を捕ろうとしていた姿を見られたばかりか、その証拠まで派手に残してしまう始末。  優秀で、立派な化け猫であるはずの私が、まさか人間の前でこんな大失敗をしてしまうなんて……  まるで飼い主に怒られた猫みたいに縮こまっている彼女の耳に、再びあの声が聞こえた。 「大丈夫か?」  その声にハッと我に返った千佳子は、慌てて瞼をあげると目の前の人物を見た。そして、思わず絶句する。  そこにいたのは、キリッとした目つきをさらに細めて自分のことを見下ろす、宮川尚人だったのだ。
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