43人が本棚に入れています
本棚に追加
「一匹ぐらいなら大丈夫なはず……」
そんなことをぼそりと呟くと、返事をするかのように自分のお腹がぐうと鳴る。
それを合図に、千佳子はほっそりとした右腕をあげると、熱帯魚たちが暮らしている世界へと指先を近づけた。
本当はパシャリと勢いよく獲物を捕らえたいところだが、人間であるがゆえ、無様な証拠を残すわけにはいかない。
出来るだけ慎重に、誰にもバレず、任務を遂行させなければいけないのだ。
「今日は最高のおやつが食べられるぞ」
にししし、と猫ならではのイタズラ好きな笑みを浮かべて、千佳子は指先を水中へと入れた。
ひんやりとした感覚が右手から伝わると、息を殺して狙いを定める。
水の中を泳ぐ、虹色の魚。そやつらがついに私の手のなかに……
「望月、こんなところで何してんだ?」
「にゃっ!」
突然背後から声をかけられ、千佳子は慌てて腕を引き抜こうとした。
が、その瞬間、動揺した心のせいで、右手を勢いよく水槽にぶつけてしまう。
「危ない!」と振り向く間もなく聞こえてきた声に、彼女は思わずぎゅっと目を瞑った。
すると何者かに左手を掴まれ、そのまま身体が後ろへと引っ張られる。
ガシャン!
強烈な炸裂音が、静寂に包まれていた空間に大きなヒビを入れた。
ガラスが砕ける音。水が飛び散る音。それらが千佳子の耳に一斉に届き、失態という感情となって心の中に広がっていく。
千佳子は、恐怖のあまり目を開けることができなかった。
魚を捕ろうとしていた姿を見られたばかりか、その証拠まで派手に残してしまう始末。
優秀で、立派な化け猫であるはずの私が、まさか人間の前でこんな大失敗をしてしまうなんて……
まるで飼い主に怒られた猫みたいに縮こまっている彼女の耳に、再びあの声が聞こえた。
「大丈夫か?」
その声にハッと我に返った千佳子は、慌てて瞼をあげると目の前の人物を見た。そして、思わず絶句する。
そこにいたのは、キリッとした目つきをさらに細めて自分のことを見下ろす、宮川尚人だったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!