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環はむりやり起き上がろうとしたが、やはり無理だった。肩にかかる腕が、手が、力強くなっていく。ますます密着してしまうのが嫌で、弱々しい力で押してみたが、それも無駄のようだった。
告白されれば、すべて断った。無論、告白したこともない。慣れているのは抱かれることだけ。
「ここまでうまく来られたのは奇跡的だよ。下手すりゃ大ケガどころか死んでたかも」
「大げさな」
「恋愛って、そういうもん。あんたがどう考えてるかわからないけどね、世の中もっと複雑なんだよ」
「ガキに言われたくない」
「俺なら守ってやれる。あんたに会った時から、ずっと見てきたんだからな」
この男にしてはスペシャルな告白をしているのだけはわかった。抱かれていて顔を見ることはできなかったが、どんな顔をしてこんなことを言っているのか見てみたい気もした。
「少し考えろよ。けど、返事はベッドを降りる前に。ノーは無しでな」
こんなところは上司の黒沢に似ている。強引で、選択肢がない。自分はそれについていくだけ。けれど間違ったことはない。環は声に出さず笑った。
間違いがないのなら。言うことを一度くらい聞いてみてもいいか、と突然思った。頑なに拒むのが正しいと思っていたが、経験のない事柄なら、経験のある者の言うことを聞くのもまた正しいとも言えるだろう。
「……環さん?」
「なに?」
「今、笑ったろ」
「笑ってない」
「笑った」
情、というものが自分にあるのなら、この男に対してそれを抱いているのだろうか? なんだかいつも上から話される嫌な気分も、今はそれほどではない。流れに任せてみるのもよいのだろうか。いや、それより根負け、というほうが正しい気がする。これだけ気の強い自分についてくる男だ。でも負けた、とは決して言わないが。
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