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「明日、休み?聞いてねぇよ」
「なんでおまえに言う必要がある」
「ちょっと待て」
「眼鏡……! 返せって」
ベッドから降りようとした藤川環(ふじかわたまき)は、力強い腕に引き戻されてまた組み敷かれた。嫌いだ。情事が終わったあとは、さっさとシャワーを浴びて自分の部屋に帰ってゆっくり眠りたい。
歳なのだろうな、と思う。性格もさることながら、守りに入ることばかり考えてしまう。そろそろこの男との関係も終わらせなければと思いながら、つい呼び出してしまう。そして、この男はどんなことをしても都合をつけてやってくる。
初めて出会ったのは環の勤めている会社だ。顧問弁護士の一人として尾崎雄樹(おざきゆうき)を紹介された。太陽の欠片を集めたような眩しい笑顔と柔軟な社交性を持った彼は、表社会の代表のような存在であるように思われた。その眩しい一挙一動は、秘書という裏方をしている環の心をいつも揺らした。あまり関わりたくない。それが第一印象だった。
──藤川さん!
──……尾崎さん、でしたね。なにか?
──今夜、食事でもどうですか?
──……仕事がありますので。
──じゃ、明日は空いてます?
──……私は会社の人間とはプライベートでは付き合わないことにしています。
──仕事とプライベートははっきり分ける。いいことですね。あれ? そういえばこの間、男の人とホテルに入っていくところを見たなぁ。そうですよね、ストレス溜まりますもんねぇ。外でしっかり発散しないと。
──…………!
出会ってから一か月ほどの頃だ。人気のないところで誘われた。いたずら心と少々の企みを感じる笑みで、ちくりとやられた。唐突に出たその言葉に、焦った環はもう断るという選択ができなかった。少し考えればわかることなのに。やはり外で会うというデメリットは大きい。だが自分の部屋も、相手の部屋も嫌だった。
もちろん食事どころではすまなかった。その後のベッドでの手管や口の悪さでそれまでの雄樹のクリーンなイメージはすべて覆され、逢うたびに環を驚かせてきた。
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