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一日目・2 美少年は奇妙な予感を感じる
加西高校は、切り開いた山の中程に建っている。山と言ってもそんな高いもんじゃないが、学校へ行くには三回折り返す長い坂を登らなければならない。この坂と言うのが妙な具合になっていて、どう言うわけか一回折り返すごとに傾斜が急になっている。これが、毎朝登校する生徒を悩ませている加西高校名物「地獄の上り坂」だ。
もうちょっと楽な道を作ればいいのにと思うのだが、こうなってしまったものは仕方がない。後ろには山があるし、学校にも予算がなかった(らしい)しで、この坂以外、学校へ行く道はなかった。
それでもまあ、今はまだマシな方だ。県総祭という、全県レベルのイベントをやるという事で、学校側も奮発して道を改装してくれたのだから──とは言うものの、学校側の低予算による手抜き工事の噂は、生徒達の間で冗談交じりに広まっていた。それが本当だったことは後に僕自身身をもって知ることになるのだが、もちろん今は気づく由もなかった。
前が騒がしいので、僕は顔を上げた。さっきの星風の人達が、また口ゲンカだかなんだか判らない掛け合いを始めている。
目立つ人達だった。
二人とも三年生らしいのだが、一人は傘の下からでも判るくらい色の薄い髪をしている。茶髪に染めているわけでも、脱色して金髪にしているわけでもないらしい。しかもそれがパーマでもかけたような癖っ毛なので、余計目立つ。
もう一人はそれほど特徴的な外見はしていない。ただ何か、内部からにじみ出て来るものがある。ぱあっと明るく華やかな雰囲気が、この人の周りを取り巻いていた。ちょっとつり気味の眼には、常にいたずらっぽい光があった。
「すみません、お騒がせして」
さっきの二年の人が、僕に話し掛けて来た。人懐っこい笑顔の持ち主だった。
「あの二人、いつもああなんですよ」
良く見ると、この人の顔立ちはとても整っていて、まるで少女のような美少年だ。そのまま俳優かモデルでも出来そうだ。それでも不思議とジェラシーがわかないのは、この笑顔があるからだろう。
「別に敬語使わなくていいですよ、僕、一年だから。小泉って言います」
「そう? 俺は大江賢治。よろしく」
大江さんはにっこり微笑んで、そう名乗った。僕と大江さんはすぐに打ち解けた。
「びっくりしたろ、いきなりああいう人達が来て」
「ええ……星風って、なんかすっごいエリート校っぽいイメージがありましたから」
「あの人達は特別。星風でも一、二を争う変人だから」
「それで三人目がおまえだろ、大江?」
割り込んで来たのは、後ろにいたもう一人の星風の三年生だった。この人は多少小柄で、線の細そうな感じの人だ。
「やだなあ菅原さん、そんなホントのコトを」
否定はしないんだ。
「一番信じられんのは、こいつも含めて全員、成績が学年トップクラスだってことだよな」
「へー、そうなんですか?」
なんだか、星風学園に対するイメージを変えなければならないようだ。
「あ、でもね、他の生徒はみんな真面目な人ばかりなんだよ」
今更のように大江さんがフォローを入れたけど、すでに遅すぎるような気がする……。
最後の折り返しを過ぎ、もっとも急な坂道の途中に、その木はあった。道の上に覆い被さるように、半ば傾いて枝を伸ばしている大樹だ。もともとここに生えていた木なのだが、この道を改装する際に道幅を多少広げたせいで根元を削られ、見るからに不安定そうだ。
木の下で、不意に大江さんが立ち止まった。首を傾げ、木をしげしげと見上げる。
「大江さん? どうしたんですか?」
大江さんの眼には、悲しむような怯えたような、不思議な色が浮かんでいた。その表情は奇妙に透明で、男の僕でさえ一瞬どきりとする程綺麗だった。
「賢?」
前にいた星風の三年の人──つり目の人の方だ──が、ちょこちょことこちらへ駆け下りてくる。そのまま大江さんと肩を組むようにして、訊いた。
「どした、賢?」
「……、ええと」
大江さんは答えると、木に近寄って幹に触れた。
「なんか気になるんですよね、これ。何が、ってうまく言えないけど」
僕はつられて木を見上げた。雨の中にそびえ立つ木はいつもよりいっそう不安定に見えた。
「ふ……ん、言われてみりゃなんか不安定な感じだな」
つり目の人はそうつぶやくと、木に向かって言った。
「なあ、俺達の用事がすむまでそこでおとなしく待ってろよ。いいな」
そして彼は大江さんを振り向いて、
「さ、とっとと用事すまそうぜ、賢」
言うなり坂を駆け上がって、口ゲンカの続きを始めた。大江さんが苦笑しながらそれに続く。
──今にして思えば。このちょっとした奇妙な出来事が、この後起こる不幸な出来事の予兆だったのかも知れなかった。
☆
学校に着いた僕らは、早速作業を始めることにした。
他校の人達はかわるがわる舞台に上がり、立ち位置やライト、スピーカーの位置などを決めている。
熱心に話し合う人達を見ながら、僕はなんだか不思議な高揚感に包まれていた。何かが始まろうとしている高揚感。僕だって、何かを作り上げる喜びは知っているつもりだ。ましてやそれが、何人もの人達と共有出来るなんてすごいことなんだ──と、僕は改めて実感していたのだった。なんとしても、このイベントを成功させなきゃならないんだよな。真剣な人達を前にして、僕は改めて決意した。
僕はスタッフ用のパンフレットを見た。今日集まった学校は三校。私服の二人は名美高校の軽音楽同好会。バンド系らしく、髪も茶髪に染め、何気にピアスなんかしてたりする。きっと本番のステージじゃもっと派手な感じになるんだろう。制服の二人は笹良高校の映画研究会。こっちは対照的に地味な感じで、ちょっとオタクっぽい雰囲気もある。そして星風学園は演劇部、となっている。
星風の人達が舞台に上がった。例の髪の色の薄い人が、肩から下げた使いこんだカバンの中からメジャーを取り出し、菅原さんと呼ばれていた小柄な人と一緒に舞台のサイズなんかを測っている。
その横で、もう一人のつり目の人が大江さんに立ち位置を指示していた。聞くとはなしに話を聞いていると、トリックがどうしたの凶器がこうしたのと言っている。推理ものでもするんだろうか。
ふと柴田さんを見ると、他のことをしているふりをしながらも、星風の人達の方をちらちらと伺っている。あの人はあの人で、気になっているらしい。
と、その時だった。
学校中の照明が、ブツンと消えた。
ほぼ同時に、外で何かが崩れ落ちるような、ものすごい轟音が耳に入った。
「何だっ!?」
柴田さんが急いでドアに駆け寄り、開け放った。
僕らは呆然とした。
自分達の作業や話し合いに夢中になっていて気づかなかったのだが──台風の本体が、まさしくここを直撃していたのだ。外では、未だかつて経験したことのないような大暴風雨が吹き荒れていた。
「やけに……雨がひどいと思ったら……」
名美の人がうめくように言った。
「そ、それより僕は、さっきの音の方が気になりますけど……」
笹良の人──どうやら一年生らしい──がもごもごと言った。
星風の人達が、互いに顔を見合わせた。
「おい賢……まさか、さっきのじゃねえだろうな……おまえ、時々妙なとこで変な勘が働くからな」
「可能性ありますよ……自分で言うのも何ですけど」
星風の人達はもう一度顔を見合わせると、雨の中へ駆け出して行った。
「おい、どこ行くんだ!」
柴田さんの言葉に、つり目の人が振り向いた。
「ちょっと気になることがあんだよ! 確かめに行くから、ついて来たい奴ぁついて来い!」
そのままつり目の人を含めた星風の四人は、雨の中を走って行ってしまった。他の人達はしばらく迷っていたが、名美の二人が意を決したように飛び出した。続いて笹良の二人が。そして、
「──仕方ないな」
言い捨てて柴田さんが後に続いた。僕はさらにその後に、雨の中へ飛び込んで行った。
……果たして、星風の人達の危惧した通り、例の大木は倒れてしまっていた。
そして、やっと始めのシーンへと戻ることとなる。
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