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一日目・4 災害は忘れた頃にやって来る
「あの、ちょっと訊いていいかな」
明智さんが軽く手を挙げて発言した。意外とおっとりした口調だ。案外この人、見た目より穏やかな性格なのかも知れない。
「ここにいるのって、本当にこの十人だけなのかな?」
「へ? どういうことですか?」
「ここには、他の先生とか準備をしに来た人っていないの? 門の鍵は柴田君が開けてたようだったけど」
「いないんだ、そういう人は」
柴田さんが憮然として答えた。
学校には警備会社のセキュリティシステムが設置してあり、鍵はいつもは教頭先生が管理している。でも、県総祭中は何かと学校の設備を使うことが多いので、県総祭の準備期間中は柴田さんが鍵を預かることになったのだ。いつ誰が来て練習や準備をしてもいいように、という配慮だ。
ただし、先生方や柴田さんの許可なく鍵を使うことは出来ない。電気が止まった時点でセキュリティも死んでるだろうけど、その前だったら誰かが入って来てれば警報が鳴ってるはずだ。
そんなわけで、ここにいるのはやはり純粋に僕ら十人だけだった。
「ここって、他に出る道ないの?」
言ったのは三沢さんだ。
「裏は山だぞ。もっと危険だ」
「じゃ、表の道の斜面を突っ切って直接下に下りるとか──」
「それ反対だな、俺」
柴田さんの代わりに答えたのは、戸田さんだった。
「あの木の倒れたところは、下までそのまま崩れ落ちてる。一番弱いところが崩れ、ドミノ倒し式に下まで行っちまったんだ。てことは、あそこの坂自体、結構崩れやすくなってるってコトじゃねえの? 俺命惜しいよ、まだ」
茶化したような口調は変わらないが、言ってることは的確だ。
「それに、その方法じゃ、全員が助かるかどうかっていうのも疑問だよ。俺、体力に自信ないし」
菅原さんがおずおずと付け加えた。三沢さんは少し肩をすくめた。
「まあね。それ言われちゃ反論出来ないな。実を言うと俺も自信ない」
「じゃ言うなよ」
「そうだ! 電話はどうなってる?」
上月さんが不意に声を上げた。柴田さんが冷ややかに答えた。
「災害時だからな。携帯は混み合ってて通じやしない。災害用伝言ダイヤルには一応伝言は残しておいたが……あいにく、電池の残量が少ない」
「俺のもあんまりないな」
戸田さんも自分のガラケーを見ながら言う。悪い偶然というのは重なるもので、ここにいる全員の携帯電話の電池残量はどれも心もとなく、しかも誰も充電器も予備のバッテリーも持っていなかった。こんなことになるとは誰も思っていなかったので、仕方ないと言えば仕方ない。
一同の口からため息が漏れた。
「Wi-Fiはないのか、ここ。あまり無闇にネットとか使うと、電池切れで連絡手段がなくなりそうだな」
「でも、LINEやツイッターはチェックしといた方がいいだろ」
「GPSは電池食うって聞いたことあるぞ」
「ここ、昔からあまり電波状況良くなかったそうなんですよ」
「電池食うの、そのせいもあるかもな」
その時。
「ちょ、ちょっと、これ見て下さい!」
寺内君が叫んだ。彼のスマホは比較的残量が多かったので、ネットのニュースで現在の台風の被害状況をチェックしていたのだ。ニュースサイトには、こんな記事が並んでいた。
『加西市内では、堤防の決壊による床下浸水が多発』
『加西市を走るJR加西線では、土砂崩れにより、トンネルの出口が埋まっている。現在、復旧作業を行っている』
『土砂崩れは同時多発的に各地で起こっており、土砂に埋まった家屋が多数』
『道路の冠水でが老人ホームが孤立している』
僕らは無言で顔を見合わせた。
あまり電池を消費しても困るので、ネットはもう切っておくことにする。
「……どうなってんだ、これは!?」
柴田さんは八つ当たりをするように声を荒げた。
「土砂崩れに、床下浸水に、道路冠水? いくらなんでも、災害起こりすぎだろ!」
「ま、とりあえずここにいる面々は命があるだけめっけもん、てな感じだな」
──後から聞いた話だと、この台風による被害は県内では戦後最大と言われ、市史に残るほどの災害となったのだが、今ここにいる僕らには知りようのないことだった。
「でも、これで一日二日の篭城は覚悟しなきゃならなくなったかも知れないね」
明智さんが、ぼそり、と言った。その言葉に、ほとんどの者はギョッとなった。
「ここ最近異常気象や天変地異が多いからお役所も備えはしてるだろうが、あちこちで同時発生的に災害が起こってるようだから、どうしても手が取られちまうよな。その上、俺達がここに閉じ込められて出られない状況にある、と気づいてもらえるのにもしばらく時間がかかる可能性はあるし、元気な高校生よりは年寄りや病人や小さい子供が救助の優先順位としては上だろうし」
戸田さんが、澄ました顔でろくでもない正論を述べてくれる。
「飲料水と非常食はあるんですよね? なら、数日ならここに篭ってても大丈夫かな」
比較的早くショックから立ち直ったのは、大江さんだった。
「ああ。一日二日なら飲まず食わずでも死にゃしねえだろうな──精神的にちょっとキツいだけで」
「サバイバル生活の始まりかあ」
と。その時僕はふとあることを思い出した。
「あ、そうだ!」
僕は思わず叫んだ。みんながびっくりして僕を見た。
「非常食以外の普通の食材があるはずですよ。ほら、学食に!」
「そうか、あそこの冷蔵庫にはいつでも準備してあるな。確認してみるか」
学食調理場の冷蔵庫。県総祭の期間中は、他校の生徒も大勢来るんで、いつもより多く材料を保管してくれてるはずだ。
僕らは席を立った。
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