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一日目・6 何だかんだで一日が終わる
戸田さんお手製のけんちん汁は具こそ少なかったものの本当に美味しくて、量が限られてるのが惜しいくらいだった。
「ま、この状況でこの程度なら上々だな」
戸田さん本人はそう言う。
「俺、割と素材にこだわるし。賢や拓がペペロンチーノの話をしてたけど、あん時使ったオイルはイタリア産のエクストラヴァージンだからね、美味くて当然。ゴテゴテ具を入れない方がオイルの持ち味を素直に活かせるんじゃないかって、まーそう思ったわけで」
ほっとくといくらでも自慢話をしそうだ。
「それより戸田さん、すっごく手際良かったですけど、どこでそんな料理とか覚えたんですか?」
「ああ。うちのおかんがね、一人で何でも出来るようになれって、ガキの頃から家事一切叩き込まれてたんだよ」
「へえ。偉いお母さんなんですね」
「偉かねえよ。自分が家事嫌いなもんだから、息子にやらしてるだけ。その証拠に、旅行とか行くと必ず現地の美味そうな食材仕入れて来るんだぜ、俺に何か作らせようと思って」
さっき話に出たイタリア産のオリーブオイルもそうなんだ、と戸田さんは言って、まあ一番アホなのは毎回つられちまう俺なんだけど、と屈託なく笑った。と、戸田さんは急に声を潜め、
「ところで、おたくの大将、えらくカリカリしてるけど、カルシウム不足か? もっと牛乳や小魚取るように言っといた方がいいぜ」
「俺、それって全面的にあんたのせいだと思うんですけど……」
向かいの席で話を聞いていた大江さんが、ぼそ、と言った。その意見に僕も異議はない。でも、ここはフォローが必要かな。
「でもね、柴田さんも柴田さんで、色々フクザツな心情とかあるんですよ。──あの人ね、星風、落ちてるそうなんです」
「落ちてる? うちに?」
「ええ、それで仕方なく第二志望で地元の加西に入ったんですって。んなわけで、あの人、星風学園って学校自体に憧れって言うかコンプレックスって言うか、そーいう微妙な感情を抱いてるみたいでね」
「あ、それでなのかな」
菅原さんが話に加わって来た。
「作業してる時、なんだかあの人、やたらこっちをちらちら見てるんだよね。気になってさ」
「しかし、そんな星風から来たのがこいつみたいなアホじゃ、柴田も気の毒だな」
木野さんの一言に、僕らはそろってうなずいた。
「まったくだな」
「ちょっとそこらは同情しちゃいますね」
「何だよそれ」
戸田さんだけが渋い顔をする。
「とにかく柴田さん、なんとしても県総祭を成功させなきゃいけないって義務感に燃えてるんで、あんまり悪ノリしない方がいいですよ」
「義務感? 使命感とかじゃなくて?」
ええ、と僕は応えた。
「やっぱ現実問題として、県総祭の実行委員長んなると、内申点が段違いなんですよね。なんか、海旺大の推薦狙ってるって話もあるし。今度は第一志望落としたくないでしょうから」
「へえ……」
戸田さんの眼がわずかに細まった、気がした。
食事が終わっても、やはり木野さんと戸田さんは悪口を言い合いながらつるんでいた。
僕は大江さんにそっと訊いてみた。
「あの二人、仲悪いのに何でつるんでんですか?」
「え? 別に仲悪いわけじゃないけど……」
大江さんは一瞬心底不思議そうな顔をし、それから一人で納得した。
「ああ、慣れないとそう見えるかな。あの二人、三歳の頃からの腐れ縁でケンカ友達でさ、ああ見えても大親友なんだ。俺も出会ったばかりの頃、あの二人のケンカを止めようとして──二人に同時に怒鳴られた」
「何て?」
「『邪魔すんな』って」
そう言って大江さんは肩をすくめた。
★
しばらくのコール音。そして、電話を取る音がした。
「お、つながった。もしもし、あっしー?」
『木野君? それとも、戸田君ですか?』
「俺だよ、俺オレ」
『振り込め詐欺ですか、君は。それより君達、無事なんですか?』
「ちょっとまずいことになってさ。土砂崩れが起こって、今みんなして加西高校に閉じ込められてる。ちなみに俺ら含めて全部で十人、全員怪我もなくピンピンしてるけど」
『救助要請は?』
「加西の柴田って奴がさっきしてたようだけど。それでもネットで見たら結構ひでえことになってるようだし、もう一日二日ここにいるようになるかも知れない」
『……そうですか……』
「心配すんな、あっしー。こっちはこっちで何とかする。ケータイの電池が揃いも揃って危ないから、あまり頻繁に連絡は出来ねえけど」
『判りました。こちらはそんなに被害は出てませんから、そちらこそ心配しないでください。……ちょっと代わります』
電話の声が、落ち着いた感じの少女のものに代わった。
『木野君戸田君、大丈夫?』
「おー、朝子さん。こっちは平気だ。そっち頼むな」
『任せといて。……次美ちゃんに代わるわ』
「おう、判った。……ほら、賢、次美に声聞かせてやれ」
彼は電話を賢治に渡した。
「次美?」
『もしもし、賢ちゃん?』
また違う少女の声。それを聞いて、賢治の表情がふわりと柔らかくなった。
「俺も、みんなも大丈夫だよ。ごめんな、しばらく帰れなさそうで」
『いいよ、待ってるから。──賢ちゃんもみんなも、無事に帰って来てね』
「ああ。そっちこそ、気をつけろよ」
電話を切った賢治は、他の三人がニヤニヤしてこちらを見ているのに気づいた。
「いやー、熱いねーこのリア充」
「冷やかさないでください!」
賢治は心持ち赤くなって、電話を持ち主の手に押し付けた。
★
それからしばらく、みんな学校ごとに固まってこれからのことを話し合ったり、家族に電話をかけてみたりしていた。柴田さんは柴田さんで、その間を飛び回って何か話していた。ああ見えて心配性なのだ。
星風の人達のところでも、菅原さんや木野さんとは熱心に話をしていたが、戸田さんとは頑として口を聞こうとはしなかった。……判る気はする。
他にすることもないので、最初集まった部屋に戻って、僕らは休むことにした。
無論、毛布やらカーテンやら適当な布切れにくるまっての雑魚寝である。自然と同じ学校ごとに集まってしまったのは、知ってる顔の近くにいた方が安心出来るという心理だろう。通路側から僕ら加西組、笹良組、名美組、一番窓側に星風組が来た。
眠れるかどうか不安だったが、結局みんなあっという間に眠りこけてしまったようだ。
しかし──僕らは気づかなかった。
ここにいるうちの少なくとも一人に、不吉の足音がひたひたと迫っていたことに。
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