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開幕 嵐と共に閉ざされる
倒れた大木は崩れ落ちた土砂とともに、完全に道をふさいでしまっていた。
僕らは皆、呆然とその光景を見つめていた。強風と豪雨は、そんな僕らに容赦なくぶち当たって来た。誰も傘を持っていなかったが、多分これでは役に立たないだろう。すでに僕ら全員、ずぶ濡れになっていた。
「手ェ抜きやがって……」
僕の隣で、低く柴田さんが言った。ここを工事した業者の手抜きの噂は、前々からあった事だ。しかし、それがこんな形で証明されてしまうとは、予想だにしていなかった。
「お、おい、これ、どーすんだよ? 救助来てくれんのかよ?」
名美高校の人が、誰とはなしに訊いた。落ち着かない口調だった。
「どうかな。この雨と風の様子じゃ、よそでも崖崩れとか川の増水とか起こってるかも知れない。もしそっちで、もっと大変なことになってりゃ、こっちまで手ェ回んねェかもな」
答えたのは、星風学園の制服を着た人だった。嵐の中で、その声はひどく冷静に聞こえた。
「な……なんでそんなに落ち着いてられんだ!? 俺達ここから出られないんだぞ!? それなのに……」
さっきの名美の人が、いきり立ったように叫んだ。完璧に八つ当たりだ。名美のもう一人の人が、彼をなだめにかかる。
「すぐに助けが来るさ。俺達がここにいるって事は、先生達も知ってるんだし」
柴田さんは、一同を落ち着かせるべくそう言った。
「そうだな」
星風の人が相槌を打った。
「下は床下浸水の一つもしてるかも知れねえぜ。だとしたら、こっちにいる方がまだ居心地いいよな」
「ともかく、戻りませんか? ここでこうやってても、始まらないでしょう」
おずおずと僕は提案した。全員がそれに同意し、ひとまず校舎に戻ることになった。
僕はちらりと後ろを振り返って見た。倒れた大木。この道に屋根のように張り出していた、あの木。
何の木だったか忘れたし、樹齢何年なのかも判らない。しかし、人間の手抜きのおかげでこんな姿をさらすのは、さぞ不本意だろうな、と何となく僕は思った。
そのせいなのかも知れない。
横たわるこの大木が、この道を閉ざす巨大な閂に見えてしまったのは。
こうして、僕らは閉じ込められた。
僕らの学校──加西高校の敷地内に。
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