文学賞

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文学賞

『こんな夢を見た。』『こんな夢を見た。』『こんな夢を見た。』 そんな書き出しはもううんざりだ。 男はメールで送られてきた大量の原稿を、一行目に目を通しただけで即削除した。 マウスのクリック音だけが、カチッ……カチッ……カチッ……と時計の短針のごとく広い会議室に響く。 男は名の知れた小説家。今は文学賞の審査員をしていた。 小規模な賞のため、審査員は男を含めて二人だけ。 男はもう一人よりも、実績も経歴も上だったため、最終審査を担当していた。 応募総数がおよそ五百作。そこから一人がふるいに掛け、男に回ってきたときにはすでに百を切っていた。 さあ、あとは楽な仕事だ。 適当に良さげな作品を見つければ、すぐにでも審査を終わらせるつもりだった。 しかし、現実は甘くなかった。  どれもこれもお題テーマに引きずられ過ぎ。個性のへったくれもない。 なんでこんな作品を大量に残したんだ?あのやろうッ。 単純作業の繰り返しに、男はもう一人の審査員へ苛立ちをぶつけていた。 とにかく早く終わらせ帰りたかった。 そして疲れた身体をいたわるため、暖かい布団で眠りに就きたい。男の唯一の安らぎだった。 六十……五十……四十……と矢継ぎ早に作品を落選させていく。  書き手の気持ちなんか知ったことか。 俺を誰だと思ってるんだッ! お前らなんか比べものにならない、地位も実力も天と地ほどの差があるんだ!    二十、十と減っていく原稿。  もはや受賞作は無しになるか。 期待はしていなかったものの、まさか一つも優秀作がないとは。男も怒りを通り越しあきれていた。 三……、ダメだ。二……これもダメ。次で最後。 一……え? 男の手が止った。 とうとう優れた作品が見つかった? 違う。  原稿が真っ白だった? 違う。  パソコンが故障した? 違う  最後の最後、五百文の一になってしまった原稿には、男のペンネームが書かれていた。  だが、自分が審査するコンテストに、自分で投稿するはずがない。    なんだ?これは。何かがおかしい。  俺は、おれは、いちりゅうのさっか、に――  
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