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提案
時計の針は4時45分を指している。夕焼けの色はさらに赤みを増し、太陽は西の方へとくるくると沈んできている。
「アンタも分かんない人ね。ゼンブトイチブで一番カッコイイのは2番の後の間奏に決まってるでしょ?松葉さんのギターソロがあるからあの曲はカッコイイのよ!」
「オマエはだからダメなんだよ。ゼンブトイチブで一番クールなのはあのサビの歌詞だろ。ギターソロは飾りだよ。飾り」
「飾り?よくそんなこと言えるわね!?」
航平と美鈴の口論はいっこうに沈静化する見込みがない。今日もまた文化祭の発表テーマすら決まらないで終わるのだろうか。
「ねぇ、思わない?」
香織が突如、口を開いた。
「どうした?」
「2人とも、ホントにB'xが好きなんだなぁって」
確かにそうだ、と香織の言葉を聞きながら思う。もしそうじゃなかったらここまで長く議論はできない。そのとき、僕は頭の中の鎖がほどけた気がした。
「わかったわかった!ちょっと話を聞いてくれ」
僕は航平と美鈴の間に割って入る。
「あ、ごめん」
美鈴は我に返ったようにそう言い、顔を下に向けた。
「いや、いいんだ。おかげで文化祭のテーマ、思いついたから」
「え?何にするんだ?」
「B'xだよ」
僕がそう答えた瞬間、航平と美鈴はきょとんとした表情で互いの顔を見つめ合った。
「ロックだって音楽だろ?だからB'xをテーマにしたっていいじゃないか」
「でも選択授業の発表でしょ?」
美鈴はそう疑問を呈してきたが、僕は首を横に振る。
「だからこそ、深く調べて発表すればいいんじゃないかな。折角の選択授業なんだし」
「それもそうだな……やってみるか」
「そうね。じゃあ私は松葉様の……」
「いや、ちょっと待って」
僕は2人の間に口を挟んだ。
「どうしたの?」
「美鈴は稲本さんのことを調べて欲しいんだよね」
「えええっ?何で?何で松葉様じゃないの?」
「だって松葉さんのことは美鈴は知り尽くしてるじゃん。知り尽くしてること調べてもつまらないでしょ」
「俺はどうするんだ?」
「航平は、松葉さんのことを調べるんだ」
「どうしてだよ!俺は稲本さんのファンなんだよ」
美鈴と同じように、航平は目くじらを立てて異議を唱えた。でも僕は首を横に振る。
「どうせ出すならいいもの出したいだろ?だったら提案に乗ってくれよ。それとも、他に何か考えてるのか?ずっと話し合いの時間を2人のケンカで使ってたから、他のアイディアがあるとは思えないけどな」
僕がそうピシャリと言い放つと、2人はぐうの音も出なくなった。
「じゃあ決まりだ。とりあえず今週の金曜までにそれぞれ調べてきてよ」
2人は渋々首を縦に振った。
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