プロローグ

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プロローグ

「あーあ。また始まった……」  僕・高宮賢治はそう小さくつぶやくと、隣にいる関根香織の顔にチラリ目をやる。香織は僕と目が合うと、思わず苦笑いした。そんな香織の顔を眺めつつ僕は軽くため息をついて窓の外を眺める。中庭の木々は秋の色に染まっており、校庭からは金属バットの快音やサッカー部の連中の叫び声、廊下からは管弦楽部が奏でるバイオリンの音が耳に入ってきている。まさにスポーツの秋であり、芸術の秋だ。しかし目の前には…… 「だから、何度言ったらわかるの?B'x(ビーエックス)は松葉弘志さんの曲で持ってるのよ。あの壮大なメロディーを奏でる松葉さんの良さがわからないなんて。だからアンタみたいなモグリは嫌いなのよ!」  そうまくし立てる中野美鈴と、 「モグリだと?ふざけんなよ。稲本浩隆さんのあの繊細な歌詞がないB'xなんて、それこそ唐揚げが入ってない唐揚げ弁当みたいなもんだ。だからお前みたいなニワカは嫌いなんだよ!」  そう負けじと言い返す坂本航平の姿がある。  2人の終わらない平行線の議論を眺めながら、僕は深くため息をついた。教室の時計を見ると午後4時半。放課後のチャイムが鳴ってからもう30分近くも経っているはずなのに、話し合いは今日も全く進んでいない。 「賢治、ホントに間に合うの?」  香織はそう心配そうにささやくが、 「さぁ……それはこの2人にしか分からないんじゃないか?」  僕はそう答えると、再びため息をついた。  僕たち4人は同じ中学に通っている2年生。2週間後に控えた文化祭で、選択音楽の教科発表を一緒にすることになっている。そう。2週間後には舞台の上で研究発表をしないといけないのに、その題材が全く決まっていないのだ。その原因は勿論、美鈴と航平がB'xのことでケンカばかりして話し合いの時間を食いつぶしているからである。  B'xとは、ギターの松葉弘志とボーカルの稲本浩隆の2人で結成された国民的人気を誇るバンド。ハードロックからしっとりとしたバラードまでかなり幅の広い曲を手がけており、ショッピングモールなんかに行くと彼らの曲が流れていない日はないくらいだ。でもたった今僕は、B'xのおかげで本当に困っている。その現実を変える一筋の光はまだ見えていない。 「なんでこんな風になっちゃったのかなぁ」  さらに熱を帯びてくる言い合いを前に、香織はボソリと呟く。  そう。香織の言う通りこの2人は絶対にうまくいく「はずだった」のだ……
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