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ハルトの店「ブレイズロック」は、昨夜俺が歩いていた繁華街の中にあった。ここではよくある雑居ビルの四階に事務所があるということで、外からではここが「ゲイ向け風俗店」とは分からないようになっている。
「……緊張する」
四階へ向かうエレベーターの中で、俺は誰にともなく呟いた。
「緊張するような場所じゃない。ここは事務所ってだけで、別に想像してるような物は何もねえよ」
ハルトがそれに答える。
「そうなんだ。でも確か、そういうことをする個室とかもあるって……」
「階が違うから見ることもない。それにウチのは滅多に使われないしな。都ノ町駅を中心にいくつかマンションの一部屋を借りてて、基本的にそこがウチの『個室』になってるんだ」
「なるほど……」
少なからず安心して、俺は開いたドアからハルトに続いてエレベーターを降りた。
通路奥には、ブレイズロック、と簡潔に書かれた看板。確かにただの事務所のようだ。
ハルトがドアを開けると、中にいた男が立ち上がってこちらに頭を下げた。
「おはようございます、社長」
中は狭いが、本当に「事務所」そのものだった。デスクがあって、電話があって、ウォーターサーバーがあって、壁には売上げがどうのとか、プリントされたグラフのようなものが張られてある。奥のドアが開いていて、その先は休憩室か応接室になっているらしかった。
「おはよう、武志」
武志と呼ばれたスタッフがこちらに顔を向け、爽やかに笑う。ハルトと年齢の近い、優しそうな人だった。
「おはよう。君は、新人かな?」
「い、いえ。俺は新人でなく、その、……」
「俺の愛人よ、武志」
ハルトにさらりと言われ、俺はぎょっとしてその整った顔を見上げた。
「違うだろっ、変なこと言うなって」
「また偉く若い子ゲットしましたね、社長」
「ていうのは嘘で、ちょっと俺が世話してやってる若者だ。仕事探してるって言うから、何か紹介してやれるものがあればと思って」
「そうなんだ。だけど勿体ないな。これだけいい子だったら、普通にウチで働いてくれた方が助かるのに」
「俺もそう思ったけど、本人が嫌だって言うから仕方ねえ」
苦笑いでそのやり取りを聞き流していると、ふいに武志さんのデスクで電話が鳴った。
「はい、ブレイズロックです。──ご予約ですね、ありがとうございます。あ、今サイト開かれてますか。ご指名がありましたら……」
どうやら予約の電話らしい。本当にくるんだ。
「すみません。その時間、大河は別の予約が入っていまして。同じようなタイプの子でしたら他に……」
しかも大河の指名。やっぱり、その道の人から見ても大河は魅力的な男なのだろう。
感心していたら、何の前触れもなく俺の目の前にあったデスクで電話が鳴った。
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