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「あ、こっちも電話。忙しいんだな……」
ハルトに目をやると、
「どうせ業者からのくだらない勧誘電話だ。出てくれ」
とんでもないことを言われてしまった。業者かどうかなんて出てみないと分からないのに、何も知らない俺が出てしまって大丈夫なんだろうか。
戸惑っている間にも電話は鳴り続けている。
「………」
──まあ、俺には関係ないんだし。
俺は以前していたバイトでの電話対応を思い出し、意を決して受話器を上げた。
「お電話ありがとうございます。居酒屋銀海──でなく、ええと、ブレイズロックです」
ややあって、受話器の向こうから低い男の声が聞こえてきた。
〈サイト見て電話したんだけど。三時から35のショート、個室で玲遠くんお願いしたいんだけど。ショートでもオプションで二番のコースって頼める?〉
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
俺は受話器に手をあて、顔面蒼白でハルトを振り返った。
「な、何言ってんのか全然分かんないんだけど」
「玲遠の客か。35分で二番のオプションって言われた?」
「う、うん」
「オプション付きだとショートじゃプレイ時間が短くなるぞって言え。玲遠は人気だから延長が効かない場合もあるからな」
「代わってよ。俺、無理だって」
「いいから言え」
仕方なく、俺は再び受話器を耳にあてた。
「お待たせしました。ご希望の件ですが、オプション付きですと35分の場合、プレイ時間が短くなってしまいますが……。ええ、はい。そうですね。玲遠は人気なので、延長のお約束はできかねます。……はい、それでしたらせっかくですし、その方が……はい、かしこまりました。……あ、ちょっと! お客様っ?」
最後にハルトに確認してもらおうと思ったら、客から電話を切られてしまった。
「何だって?」
「90分に変更で、二番のオプションは付けて欲しいって。個室使いたいから、三時になる十分前に駅前のコンビニからまた電話するって」
俺は受話器を置いて太い溜息をついた。まさに一仕事終えたような感覚で、体中から力が抜けて行く。
「今の客は玲遠の常連で、昨日のうちからメールで仮予約もらってたんだ。また今日この時間に電話入れてもらうよう頼んどいただけ」
「じゃあ、始めから相手も内容も分かってて俺に……」
「しかし、すげえな。35分のショートを90分に変更なんて、やるじゃねえか。電話の応対も完璧だった」
ハルトに頭を撫でられて、俺は力無く笑った。少し嬉しかった。今まで誰かから褒められることなんてなかったし、頭を撫でられるのも初めてだったからだ。
「素質あるかもしれねえな。チル、ウチでマネージャーやってみないか」
「えっ?」
すると、横で受話器を置いた武志さんが俺達を見て笑った。
「それは俺としても助かります。最近更に忙しくなって、一人じゃなかなか」
「年齢的にちょっとギリギリだけど、電話番くらいなら任せられるだろ。そうすれば武志もボーイのサポートに集中できるし、送迎で事務所空ける心配もねえ」
「ちょっと待って、俺は……」
「生活の不安がなくなるぞ。ファミレスや居酒屋で働くより、がつがつ稼げる」
「………」
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