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何だか見てはいけないようなものを見てしまった気がして、だけど好奇心は抑えられなくて、俺はパソコンと向き合っている武志さんにバレないようこっそり大河のページを開いた。
写真の中でまで無表情を貫いている大河。鋭い視線と短い黒髪、鍛えられた体。ストレートな男の目から見ても文句なしに格好良い。
「わ。……すご……」
しっかりと大河のサイズをチェックしてから、俺は赤面した顔を隠すようにしてファイルを持ち上げた。
店からのアピール欄には「クールな大河ですがベッドではかなりアツいです、失神注意」と書いてある。
俺は大河の「その場面」を想像し、思わず唾を飲み下した。あの大河がベッドでどんなふうになるというのだろう。アツいってどんな感じなんだろう。
ほんの一瞬、大河に組み敷かれている自分を想像する──。
「熟読してるとこ悪いけど、チル君。今日これからの予定があるから聞いてくれるかな」
「えっ! ……あ、すみません。何ですか?」
慌ててファイルを閉じて武志さんに顔を向けると、武志さんは俺を笑うでもなくパソコンに貼ってあった付箋を剥がして言った。
「玲遠が髪切ってだいぶイメージ変わったから、そろそろプロフィールの画像を新しくしないといけないんだ。それの撮影があと少ししたら始まるから、ここ出てすぐ隣にある待機室行って、玲遠呼んできてくれるかな」
「え、俺がですか。玲遠さんって、俺にあんまり良い印象持ってなさそうだから怖いな……」
「大丈夫だよ。高飛車だけど根は良い子だから」
どうにも不安だが、言われたからには仕方ない。俺は立ち上がって事務所を後にし、廊下に出てから一つ深呼吸をした。
ドアをノックしてからノブに手をかけ、恐る恐る中を覗く。
「わっ……」
入ってみて驚いた。てっきり事務所と同じような無機質な部屋だと思っていたのに、まるでお洒落なカフェみたいだ。
「し、失礼します」
キャメル色のフローリング、綺麗な白い壁、ローテーブルにソファに大型テレビ、カウンターテーブルと凝ったデザインの椅子。フリードリンクのマシンに大きな冷蔵庫。中は広くて、事務所の倍はあるようだ。
個人用ロッカーもあるし、くつろぎスペースの隣の空間には簡易ベッドが二つとリクライニングチェアが三つ。棚には漫画本や雑誌があり、テレビの前には最新ゲーム機のハードまであった。
「あれ、確かハルトんちにいた子じゃん。何でこんなとこにいるの」
玲遠は床に散らばったお菓子の残骸の中に寝転がり、はしたなく大股を開いて漫画を読んでいた。その横では大河が煙草を吸っている。
「あの俺、何か今日からここで電話番することになりました。これからどうぞ、よろしくお願いします」
玲遠が興味無さそうに「ふうん」と言って、体を起こす。大河も黙ったままだ。
「それで、何か用? 暇ならアイスと、課金用のカード買って来てほしいんだけど」
やっぱり玲遠は苦手だ。大河と違って見た目は人懐こそうなのに、その口から出る言葉にはいちいち棘がある。一応は俺の方が年上だが、完全にナメられているのだと思った。
「武志さんが、撮影があるから玲遠さんを呼んでこいって」
「あ、忘れてた。お菓子食っちゃった」
よっせ、と反動をつけて玲遠が立ち上がる。俺より背が高いのに俺より子供っぽく見えるのは、やはりその性格が原因だろうか。
「じゃあ行ってくる。大河、次の約束は絶対忘れるなよ」
「考えときます」
「そう言って、いつも平気で忘れるもんな。こないだの飯だって割り勘の約束だったのに、まだ金返してもらってないし」
「先輩、稼いでるくせにケチ臭せえっすよ」
素っ気なく言う大河に中指を立ててから、玲遠が俺の横をさっさと通り過ぎて部屋を出て行った。
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