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玲遠がいなくなったところで、大河が呟く。
「俺にも何か用ですか」
「用ってほどでもないんだけど、……あの、俺に敬語使わなくていいよ。俺の方が年下だし、新参者だし。名前もさん付けしなくていいから」
「すいません。癖みたいなモンで、その方が喋りやすいんです」
「そ、そっか」
「散宙さんは別に、俺に気遣う必要ないですから。年下に呼び捨てされても気にしませんし」
大河の方が年上だと分かったのは、さっきのプロフィールに年齢が書いてあったからだ。同時に、大河の写真や例のサイズを思い出して心臓が跳ね上がる。
「そ、それじゃあ俺、行くよ。大河はゆっくりしてて……」
短い時間で少しだけ大河との距離が縮まったのを感じたが、結局彼は俺の方を一度も見てはくれなかった。
──上手くやっていけるだろうか。
廊下で小さく息をつき、元の事務所の方へ向かう。すると背後でエレベーターのドアが開き、中から手にコンビニ袋を下げたハルトが出てきた。
「お、チルちゃん」
「ハルト」
何となくホッとする。恐らくこれは、迷子になった子供が親に会えた時の心境だ。
「どうした? 武志に締め出されたのか?」
「いや、これから玲遠さんの撮影をするからって、呼びにきたんだ」
「そうだ、そうだ。それがあった」
ハルトが事務所に入り、俺もそれに続く。中では俺のデスクに腰掛けた玲遠が腕組みをして武志さんに文句を言っていた。
「三時から? また二番オプションのあの人かぁ」
「でも今日は90分だって」
「あの人本物の変態だから怖いんだよなぁ。俺のことマジでチンコ付いた女だと思ってんの。いつか性転換手術とかさせられそうで、怖い」
「させねえよ、そんなことは」
ハルトが後ろから会話に加わり、玲遠の頭に手を置いた。
「妙な真似されそうになったら連絡しろ。すぐ迎えに行く」
「ハ、ハルト」
「社長、お疲れ様です。お帰りなさい」
玲遠はハルトに撫でられた頭のてっぺんに自分の手を置き、ぼんやりとしている。
「俺らがついてるから大丈夫だろ。二番オプションなんてただのコスプレじゃねえか、頑張って行ってこい」
「ハルトがそう言うなら、別に? いいけどさぁ……」
照れ隠しにむくれながら、玲遠が再び腕組みをした。本当に、ハルトは人を乗せるのが上手い男だ。
「それで、今からプロフ写真の撮影だろ。準備できてんのか」
武志さんが立ち上がり、休憩室とは反対側にある奥の部屋のドアを開ける。中は広い空間になっているらしく、ベッドやソファなどが置かれていた。キャスター付きの立派なストロボまである。撮影って、ここでするのか。
「玲遠、一番いいパンツ穿いてきたか?」
「きたけど、さっきお菓子食ったから腹やばいよ」
シャツを捲ってハルトに腹を見せる玲遠。ハルトは身を乗り出してじっとその平らな腹を見つめ、少ししてから「全然大丈夫」と親指を立てた。
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