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俺は開き直って、店内の椅子に腰を下ろした。
ハルトはプロに任せると言っていた。だからきっと、こういう時はいつもこの店を利用しているのだろう。考えてみれば別に悪いことをしている訳じゃないし、これも仕事の一つなのだから別段恥じることでもない。店側だってボーイの写真を印刷するのはこれが初めてじゃないだろう。むしろ風俗街の近くに店を構えているということは、他の店からだって同じような注文を受けているはずだ。
「柳瀬様、お待たせしました」
「えっ、もう……? 早いね」
慌てて受付のカウンターへ行くと、店員さんが「こちらですね」と仕上がった玲遠の写真の束を俺に見せた。束の一番上が私服姿の玲遠だったのは有難かった。
「領収書ですよね。お名前はブレイズロックさんで間違いないですか」
「そ、そうです。話が早くて助かります……」
思ったことをつい口にしてしまい、笑われた。流石に向こうもプロだ。恥ずかしがっている俺の方が馬鹿みたいに思えてくる。
写真の袋をしっかり抱いて、俺は足早にビルへ戻った。まだ顔は火照っているが、ともかく無事に言われたことを完了できたことに安心する。
「……あ」
事務所のエレベーターを降りると、そこには丁度下りのエレベーターを待っていたらしい大河がいた。
「お、お疲れ様。どっか行くの?」
「……仕事ですけど」
言いながら、大河は俺が持つ写真屋の袋に視線を落としている。
「ああこれ、さっき玲遠さんの撮影をしたからプリントしてもらったんだ」
「先輩、髪型変わりましたからね」
「前の写真もかっこよかったけどね。でもすごい緊張した。まさか他の店でプリントするなんて思わなかったから……滅茶苦茶恥ずかしかった」
「何で緊張するんです?」
「何でって、知らない人にああいうの見られるのは、恥ずかしいでしょ。普通のスナップ写真って訳じゃないし……」
大河の無表情は今に始まったことじゃない。それなのに、どうしてこんなに動揺してしまうのだろう。
「散宙さん、ボーイとして働く気はないんですか」
「え? いや、俺は……男とはできないから」
「そうですか」
素っ気なく言って、大河が止まったまま放置されていたエレベーターに乗り込んだ。
「………」
一体どうしたんだろう。何だか怒っているような気もしたけれど……
「チル君お帰り。ちゃんと印刷してもらえた?」
事務所内にはハルトも、玲遠の姿もなかった。代わりに初めて見る顔の青年がいて、武志さんから給料らしき封筒を受け取っている。この青年もボーイなのだろう。すれ違いざまに「お疲れ様です」と頭を下げると、青年は黙ったまま会釈をして足早に事務所を出て行ってしまった。
「じゃあチル君、さっきのファイルで玲遠の写真を差し替えてくれるかな。一番良いと思うやつで」
「これって、お客さんも見るんですか?」
「普通はネットの写真を見て決めてもらうんだけど、たまにファイルでじっくり選びたいって人もいるから。あとは社長の知り合いとか、大事なお得意様なんかが見るんだよ」
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