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ハルトがそれに反応し、椅子から立ち上がる。
「ちょっとそこで待ってろ」
部屋を出て行くハルトの背中を見つめながら、俺は肩を震わせてこの状況を切り抜ける方法を考えた。もしかして俺はアダルトビデオか何かの面接に来てしまったのか? 佐倉ハルトとは電話で話しただけだし、聞いたマンションが間違っていたとか、人違いとか、そもそも初めから騙されていたということも充分に有りうる。
とにかく一刻も早くこの部屋から出なければ、あの男がすぐに戻って来てしまう。
「………」
俺は服を着て、デスク上の履歴書を回収してから急いで部屋を出た。リビングへ行き、荷物を引っ掴み、玄関へ向かう。勘違いであることを謝罪してさっさとマンションを出れば、流石に向こうも諦めてくれるだろう。
「あっ、さっき大河と一緒にいた奴だ」
逸る思いで玄関へ行くと、沓脱ぎに立っていた淡い茶髪の美青年が俺を指して声をあげた。確か、大河といた時に会った──そうだ、「先輩」だ。
「何だ、やっぱり同業だったのか。ハルト、新人のことなんて言ってなかったのに。だからさっき俺のことさっさと追い返したんだ? これから面接とか言って新人喰うのに俺のこと邪魔だと思ったんだろ」
先輩が口を尖らせて文句を言う。やはりこの男が佐倉ハルトで間違いないらしい。いや、そんなことよりも。
──同業? 新人? 食う?
「お前が時間過ぎてもゆっくりしてるから、『店に戻れ』って言っただけだ。邪魔だなんて思ってねえし、喰うつもりもねえよ」
「ていうか、自宅で面接なんかしていいわけ」
「せっかく来てくれたんだから仕方ねえだろ。俺だって知らなかったし。だいたい、今日新人が来るなんて聞いてな──」
「お、俺は新人じゃないです!」
二人の間に割って入る形で、俺は声を張り上げた。何やら壮絶な勘違いをされているらしい。
「え?」
「何言ってんだよ。じゃあなんでハルトの部屋にいるわけ」
「だ、だから俺は。その……そうだ、こないだ電話で求人の応募して……住み込みで働かせてもらえるって話で。佐倉ハルトさん、人材派遣会社の代表なんですよね?」
「ジンザイハケンって何?」
「電話で面接……?」
佐倉ハルトが首を捻り、やがて何かに気付いたように目を見開いた。
「ええと、もしかして。計画性ゼロの一文無しで、ド田舎から出てきたっていう……」
その言い方は癪に障るものがあったが、仕方なく俺は頷いた。そんな俺を見てハルトが自分の額をぴしゃりと叩き、溜息と共にその場に屈み込む。
「ハルト、人材派遣会社なんて嘘ついて求人出してんの? 詐欺もいいとこだね、ほんと」
「玲遠。お前、もう店戻れ。忘れ物取りに来ただけなんだろ」
「そうだよ、俺の大事なプラチナの指輪。返して」
「返してって、勝手に忘れてったんだろうが」
先輩こと「玲遠」がむくれてハルトを睨み、指輪をしっかりと嵌めて部屋を出て行く。取り残された俺達は互いに互いの顔を盗み見て──しばらくの間、沈黙した。
「……あの」
気まずい空気を打ち破るため、何とか声を絞り出す。
「あの、どういうことですか。俺が面接したのって、何の仕事なんですか?」
癖の強い黒髪を掻き毟りながら、ハルトがリビングへ戻って行く。俺はぎこちない足取りでその後を追いかけ、少し迷ってから問いかけた。
「さっきの人が言ったように、人材派遣なんて嘘だったんですか」
「いや、お前ちゃんと求人のサイト確認したか? 『十八禁の人材派遣』て、アダルトサイトの警告まで出てる広告だったのに」
そんなことを言われても。適当にヒットしたページを見ただけだから、サイト名やトップの警告なんて見ていない。
「ちゃんと説明してください。俺もう、こんな荷物まで持ってきちゃったんです」
ハルトが俺を振り返り、観念したように溜息をつく。
「必要な所に人材を派遣して、きっちり仕事をして報酬をもらう。それが仕事だ」
ここに来た時の大河と玲遠の話で、あらかた予想はついていた。
──多分もう、間違いない。
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