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「………」
相手がいないのは今に限ったことじゃない。女の子と付き合うのは、俺みたいな気の利かない面倒臭がりには向いていない。飯を奢らなかったとか、車道側を歩かせたとか、メールの返信が遅いとか。そんなつまらないことで、何度女子から文句を言われたことだろう。
「友達としてなら、丁度いいんだけどね」。
これも何度も言われたことだ。普段の彼女らは「男女の友情なんて成立しない」と口にしているくせに、どうして俺に限りそれが成立するのか、訳が分からない。
どうせ人間なんて一人なのだ。付き合ってもいつかは別れるんだし、恋愛なんてそれこそ衣食住と比べたらどうしても必要という訳じゃない。
さしあたっての問題は仕事と金であって、性欲なんか今はどうでもいい──。
「散宙くん、起きてるか」
「え……」
考えているうちにうとうとしていたらしく、気付いた時、明かりを消した部屋の中にハルトがいた。開いたドアの向こうが明るいため、真っ黒のシルエットでしかその姿は見えない。
「なに……?」
「いや、どうせ明日の朝に出てくなら、食い物でも持たせてやろうかと思ってさ。コンビニで弁当買ってくるから、何がいいか聞こうと思って」
「何でもいい。……ハンバーグ弁当」
「お前、大丈夫か」
「何が……」
「犯された後みたいな恰好になってるぞ」
そこで俺は自分が半裸になっていることを思い出した。だけど眠くて起き上がる気にはなれず、仕方なくベッドの端に寄せられていた夏掛けを引っ張って体に被せた。
「これで大丈夫だろ……」
「お前な、……」
黒いシルエットが徐々に男の輪郭を持ち始める。ハルトは俺を見下ろして、笑っていた。
「成人済みのくせに無防備すぎる。公園で寝かせてたら、今頃どうなってたか」
「そうだね」
適当に返事をして寝返りをうち、ハルトに背を向ける。
ふいに、背中に何か冷たいものが触れた。
「……な、なに?」
思わず身震いして振り返ると、ベッドに腰を下ろしたハルトが俺の背中に指を這わせていた。指先で撫でるような、突くような嫌な触り方だ。
「何だよ、なに触って……」
「綺麗な肌だな。滑らかで傷一つない、白い肌だ」
「気持ち悪……」
夏掛けを引いて包まった俺の背後で、ハルトがベッドに上がってきた。ギシ、と背後で音が鳴る。心臓が脈打ち出す。──まさか。
「あんた、親切心で泊めるって……」
背を向けたまま呟く俺の声は震えていた。背中越しに感じる男の熱に、全身から汗が噴き出してくる。こんな呆気なく約束を反故にされて、騙されて、情けなかった。
「お、俺に何かしたら、警察行くからな」
「相手にしてもらえねよ。お前が十五、六のガキならともかく」
言いながら、ハルトが俺の夏掛けを軽く引っ張る。
「それに、俺は何もしねえ。ただ見てるだけだ」
「見るって、……さっき、見たのに」
「さっきは仕事の目で見てたからな。そこまではっきり見てねえよ」
剥き出しになった背中が寒い。さっきはあんなに暑かったのに、……汗が止まらない。
「今は何て言うか、男として見てるかもな」
「………」
もう、確実にヤられる。どう足掻いても回避できないし、抵抗してもきっと敵わない。俺の馬鹿。どうしてこんな男の口車に──
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