写真の卒業式

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「雅人くん、この写真のひと、誰?!」 恋人が突きつけてきた写真には、今より若い俺と、俺と腕を組んで満面の笑顔でピースサインをしている「彼女」が写っている。 「この写真、こんなところにあったのか。探してた」 「もうすぐ結婚する彼氏が、まだ昔付き合ってたひとの写真を大事に持ってるなんて、すっごく嫌だなあ!」 「これ一枚しか、彼女の写真ないんだ」 恋人の手から写真を抜いて、俺はしみじみ「彼女」の笑顔を眺め、思い付いて恋人に返した。 「でも、もう卒業だな。それも捨てる写真の箱に入れて」 「自分で捨てればいいでしょ!何で私?!」 「まあ、気持ちの問題だけどさ、その方が彼女も安心する気がする。自分を卒業させるような人生の相方を見つけたか、ってさ」 恋人は目を丸くして俺を見た。 「…雅人くんの口からそういう感傷的な言葉出ると意外」 「そうか?」 恋人は改めて写真をしげしげ眺めた。さっきまでのしかめっ面が、優しくなっている。やがて、穏やかな口調で聞いてきた。 「何で卒業出来なかったの?」 「キョーレツだったからな、向こうから告白してきて1ヶ月で俺を振った」 「ええ?1ヶ月で」 恋人はひゃー!と言いながらもう一度写真を眺めた。 尊敬の眼差しになっている。 なんだそれ。 「自分から好きになった相手をたった1ヶ月で振っちゃうなんて豪快ね。どんなひとだったの?」 頭の中で「彼女」を再現してみた。よく笑っていた「彼女」、我が儘を言う「彼女」、無口になって行った「彼女」、別れたいと言いながら泣いていた「彼女」… 「一言では言えないなあ、だけどうん、本当にちゃんとあの頃の俺の事好きになってくれたひとだった」 好きだと告白してきたのは、可那子の方だった。 俺はしてやったりと思った。 可那子は告白してきた男を全員振っていたからだ。 「なんかさ、惚れられるとどんどん我が儘になっちゃうから」 不思議に思って聞いたら、あっさりそう答えた。 可愛いと思った。 俺はわざと周りの女性より彼女をえこひいきするようにした。あくまでもさりげなく、素っ気なく。 最初のうち可那子は幸せそうだった。けれど、何かの拍子に困ったような顔をするようになり、そのうち段々一緒に居ると無口になっていった。 付き合い始めて1ヶ月たつ頃には避けられるようになり、俺がメールで問い詰めると、職場近くのカフェへ呼び出された。 会って話す、と言う。 カフェには、可那子の方が先に来ていた。 俺の顔を固い表情で見て、ごめん、と小さく呟いた。 「もう、別れたい」 俺はイライラした。全く訳が分からない。必死に平常心をかき集めて聞いた。 「どうして?」 「それよ!」 ポロポロ、可那子は涙を流しはじめた。 泣きたいのはこっちだ、さっぱり訳が分からない。 「ずっと私に合わせようとしてた。今だって本当は怒りたいんでしょ?雅人は私に優しくしようとしてるつもりかもしれないけれど、それって本当に優しさ?」 なんと答えていいか解らなかった。俺は優しさのつもりだったし、何が悪くて泣かれているのかさっぱり思い当たらない。 「違うよね?」 「いってる意味がよく分からないんだが?」 「付き合って一週間たっても、二週間たっても、私、雅人が何が楽しくて、何が食べたくて、どこへ本当は行きたいのか全然解らなかった。聞いても、合わせるよってしか言わなかったじゃない!」 「それは、可那子がいつもこうしたいって決めてきてるから…」 「バカにしないで。貴方私の保護者じゃないでしよ?恋人でしょ?何でも言うことを聞いてほしいなんて私思ってなかったわ」 「別にバカにしているつもりはなかったぞ?」 「バカにしてたじゃない。私のせいにして、我慢して、俺って優しいって思ってたでしょ?」 頭を殴られたような気がしてなにも言えなかった。 本当だ、確かに、俺は可那子を優先することで、自分は優しいと自己満足していた。 優先しないと可那子はきっと不機嫌になると決めつけて、やれやれ取り扱い注意だとバカにしていた。 言われて初めて気がついた。 愕然とした。 「私、もっと対等に扱ってほしかった。すぐ不機嫌になる我が儘な子供っぽい女の子じゃなく。雅人にも自分がやりたいことや言いたいことをどんどん言ってほしかった。私から好きになったから、尊重したかったのよ、雅人のこと。でもさせてくれなかった。いつも物わかりの良い大人ぶって」 初めて、本当の可那子を見たような気がした。綺麗な涙を流す大人の女性がそこにいた。 玩具のような女の子ではなく。 「どんどん雅人が嫌いになっていったし、雅人が嫌いになっていく自分も大嫌い。だからもう、別れたい」 「今思えばさ、俺たち二人とも、まだしっかり大人になりきれてなかったんだよな。だけど、可那子の心の方が俺よりは大人だった。本当に俺が好きだったから自分が辛くなって、自分でこれじゃダメだと俺と別れた。理由もしっかり話してくれた。それに比べて、俺はどうだった?結局最後まであいつの我が儘を飲むような感じで言われるままだった。グゥの音もでなかった、何にも言えなかったよ」 「落ち込んだ?」 恋人の声は優しい。俺は苦笑いをしながら頷いた。 「すげえ落ち込んだ。長いこと引きずったよ。未練とかそういうことじゃなく、自分が何やったか思い知ってさ。本当に人を愛するってことがどう言うことか真剣に考えた」 「ふーん。そうかあ、このひとは、雅人くんの転機だったんだね、なるほどね」 恋人は、可那子の写る写真を丁寧に持ち直すと、にこっと笑かけた。 「お陰様で、雅人くんすごくイイ男に成長しました、ありがとうございます。これからは私がそばにいますので、安心してください」 「何やってんだよ、さっと箱に入れればいいじゃないか」 「けじめよけじめ。はい、雅人くんも挨拶して」 「えええ?何て言えばいいんだよ」 「そりゃあ、お礼でしょ、卒業するってことは、大事なことを教わったってことでしょ」 俺は驚いて恋人を眺めた。恋人は真剣に俺が写真になにか言うのを見守っている。 さっきまであんなに怒っていたのに、こいつは全くもう、何て奴だ。 自然に笑顔になった。 やるか。 「今まで、ありがとうございました」 「はい、卒業おめでとう」 そっと丁寧に、恋人は写真を捨てる方の箱にいれた。 それから満面の笑顔で、聞いてきた。 「もう他に卒業しなきゃいけないひと、いない?面白くなってきちゃった」 「いない!」 ぎゅっと恋人を抱き締めた。 ああ、こいつとなら、一生うまくやってけるわ、心底そう思った。
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